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総評:前田正治(久留米大学医学部精神神経科学教室) |
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周知のように、現在のPTSD概念の形成に戦争は大きな影響を与えた。大量殺傷能力をそなえた兵器がぞくぞくと登場し、膠着した塹壕戦を余儀なくされた第1次世界大戦に始まり、第2次世界大戦、ベトナム戦争、最近でのイラク戦争など、いずれも兵士や市民が被る戦争関連のトラウマが、軍事的にはもちろん精神医学上も大きな問題となった。一方、本邦ではどうであろうか。前次大戦では300万もの軍人、軍属、あるいは一般市民が戦禍に巻き込まれ死亡した。アジア各国に大きな災禍をもたらした戦争でもあったし、戦後もシベリア抑留兵の問題など大きな社会問題となった。しかし、これらの兵士や市民に関する精神医学的あるいは心理学的な研究が十分行われたと言い難いのが現状である。すでに戦後60年が経過し、戦争の記憶は今の人たちの中から確実に消え去りつつある。
しかし戦争の渦中を生きた多くの人にとって、戦争の記憶は外傷的なものとして今なお生々しく残っている。その影響とはいかなるものか、本シンポジウムでは、前大戦に関連したトラウマ研究の一端を3名のシンポジストに語ってもらい、指定討論者(下野正健氏)を交えてディスカッションした。本学会がはじまって以来、このような前大戦に関連したトラウマ研究のシンポジウムを行うのは初めてのことであった。
ます森 茂起氏(甲南大学)からは「子ども時代の戦争体験に関する研究」に関して、おもにインタビュー調査の結果が報告された。まだ例数は少なく、予備研究の段階ではあったが、生存者から語られた内容は非常に生々しく、あたかも「昨日の記憶」のようでもあった。おもに空襲被災体験の語りであったが、空襲の惨劇もさることながら、その前後の疎開、あるいは戦後の混乱期にまつわる記憶もまた生存者にとって重い記憶となっていた。
続いて中根秀之氏(長崎大学大学院医歯薬総合研究科)は「長崎における被爆被害の与える精神的影響」について報告いただいた。IESRやGHQといったスクリーニングテストを用いて、爆心から半径12km以遠に居住する被爆体験者についての実態調査を行なった結果である。それによると爆心から離れていてもなお現在にいたるまで多くの被災者が種々のトラウマ症状によって苦しんでいることがあきらかになった。原発事故などでは距離の近さに依存して症状も増悪する。したがって中根氏の結果は、原爆被災の複雑さ(たとえば偏見の問題、保障の不公平感など)も大きな影響を与えているのかもしれない。
最後には評者(前田)が「帝国陸軍兵士とストレス性障害−欧米研究との比較から」というタイトルで報告した。主として英国のモーズレイ陸軍病院の記録と国府台陸軍病院の記録の比較から、兵士の精神的障害とその治療に関する比較を行った。すでに本邦では多くの兵士が転換症状(ヒステリア)を呈したが、とくに中国戦線においてはベトナム型の精神障害(PTSD様)が出現していたことが特徴的であった。また精神的問題を呈することへの偏見と恐怖が非常に根強いことも示唆され、これは現在でも通じる問題であると推察された。
以上の報告を基に、熱心な討論が行われた。ISTSSではすでに戦争に関連した報告は非常に多く、大きなテーマの一つである。わが国でも戦争に関連した研究が今後も続けられることを願っているし、本シンポジウムがその一石になればと思う。
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