■正常でない悲嘆反応
死別に伴う悲嘆は誰にでも生じる正常な反応ととらえられるが、その程度や期間が通常の範囲を超えると精神医学的あるいは心理学的な治療介入が必要となる。こうした状態には、大うつ病などの他の精神医学的診断がつけられるものと、悲嘆に特徴的な症状が顕著に生じるものとがある。後者はさまざまな呼称を与えられており、その代表的なものを列挙すると以下のとおりである。こうした正常範囲を超えた反応を引き起こす要因としては、故人との関係、死の様式、死別者のパーソナリティ、死別後の支援などが、複合的に影響するものと考えられている。
△正常でない悲嘆に対する呼称
病的悲嘆 morbid grief(Lindemann)
慢性の悲哀 chronic mourning、意識的な悲嘆の長期的欠如 prolonged absence of conscious
greiving (Bowlby)
遅発性悲嘆 delayed grief (Parkes)
未解決の悲嘆 unresolved grief (Zisookら)
歪曲された悲嘆 distorted grief (Raphaelら)
複雑性悲嘆 complicated grief (HorowitzらおよびPrigersonら)
外傷性悲嘆 traumatic grief (Prigersonら)
■複雑性悲嘆と外傷性悲嘆
1990年代以降の悲嘆研究でよく用いられるのは「複雑性悲嘆 complicated grief」という言葉である。これはPrigersonらとHorowitzらの、二つの研究グループによって発表された論文で用いられている。まず、Prigersonらは82人の高齢の未亡人に対して、標準化された既存のうつ症状尺度や神経症症状尺度を用いたデータの主成分分析を行い、悲嘆とうつに関連する因子を抽出している。そして、前者は探索、思慕、死者への囚われ、涕泣、死への不信、死を受け入れらない感情、そして衝撃などの症状で構成されているとし、明らかにうつ症状からは区別されるべき症状であるとした。彼女らは、別の研究で、複雑性悲嘆を評価するための19項目からなる尺度を呈示し、その後の研究で改訂を重ねている。
また、70年代後半から極度のストレス状況に置かれた際の、心理的反応について研究を重ね、PTSDの概念形成に大きな貢献をしたHorowitzらは、臨床観察から得られた回避6項目、侵入12項目、不適応12項目の計30症状について、70人高齢未亡人を対象とした縦断研究を行っている。その統計学的検討から、侵入3項目、回避と不適応4項目の独立した「複雑性悲嘆障害」という診断基準を提案している。
これら二つの研究は、独立して行われたものであり、Prigersonらは探索と思慕という愛着障害を主症状としているのに対して、Horowirtzらは侵入と回避という2症状を強調しているという違いがある。なお、最近は、両者が統一した診断概念にしようとする動きもあるが、確立されるにはいたっていない。
Prigersonらは、1999年以降の論文では、悲嘆反応に関する新たな診断名を提案する際に、「外傷性悲嘆
traumatic grief」という言葉を用いている。正常でない悲嘆反応は「分離の苦痛による症状(symptoms
of separation
distress)」と、死別のもつ「外傷的な苦悩から生じる症状(symptoms of traumatic distress)」とに大別可能で、前者には、思慕、探索、死者を想起する苦悩などが、後者には死の否認、怒り、信頼の欠如などが含まれる。そして、「複雑性」という言葉は、経過の長さと複雑性は説明するが、これら2大症状の特徴を的確に表していないとする。さらに、再体験や回避などPTSDと重複した症状が含まれることから、「外傷性」ということばが、より的確であるとした。その上で14人の悲嘆研究者で構成された委員会によって、2大症状の項目を検討し、その診断基準を示している。
(参考文献)
Prigerson H.G. & Jacobs S.C. Traumatic grief as a distinct
disorder. Stroebe, M.S., Hansson, R.O. et al ed. Handbook of
bereavement research- consequences, coping, and care. pp613-645,
Washington DC, 2002
(兵庫県こころのケアセンター 加藤 寛)
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