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総評: 杉浦ひとみ(弁護士) |
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司法の分野では、一方で医学の発達によりPTSDという、単純な精神的苦痛と異なる症状が解明されてきたことを受け、他方で被害者がその惨状を訴える声に社会が耳を傾けるようになってきた変化を受けてPTSDの主張がなされ、裁判所が認めるケースもしばしばある。本分科会では、被害者を代弁する弁護士にとってのPTSD、裁判官にとってのPTSD、そして精神科医にとってのPTSDの捉え方を報告する中で各立場によるPTSDの持つ意味と問題性が明らかになった。
まず、法的救済を求めようとする被害者代理人の立場で関わる志賀こずえ弁護士から、被害の有無・程度を証明するための診断書取得の困難性(PTSDの診断を適切にしてくれる医師を見つける困難性)、裁判官にPTSDの法的判断をもらう困難性(被害の存在や程度は最終的には司法的判断によって決せられるものであり医師の診断はその資料にすぎない、と扱われる。よって診断書にPTSDと書かれてあればPTSDによる損害があったと即認定されるわけではない)とそれに伴う被害者の苦痛が報告された。また被害者が加害事実や被害の程度を証言する際に強度の精神的被害ゆえに法廷では話せず、別室で証言する(法廷には映像を送る)ビデオリンク方式が採用されても、なお証言時に激しい精神的動揺に見舞われる被害者の生の様子が紹介され、精神的な被害を負った者が法的に争うことの難しさ−医療と司法の葛藤の状況が明らかにされた。
本田晃裁判官からは、パワーポイントを使って刑事裁判が行われる法廷、裁判官、被告人らの立ち位置まで示した映像で丁寧に示し、裁判の臨場感を感じてもらう工夫をこらした紹介がされた。次にPTSDを「傷害」という特別な被害として認定した裁判例や精神的損害はもともと殺人罪、強姦罪など「既存の犯罪類型に織り込み済みの損害」と捉えた判例など、いくつかの判例が紹介され、世間で「PTSD」が主張されるよりも司法での認定は厳格であることが示された。また、被害を受けた場合に賠償金額の多寡は後遺症の有無・程度によるが、精神面での後遺症がどの程度残るか、つまり後遺症の「症状固定時」(その後良くも悪くもならない時期)をいつと認定するかは、たとえば下肢の喪失というような物理的な欠損と異なり困難であること。さらには加害との因果関係の認定の困難さ、つまり加害だけでなく被害者の生来の気質・その他の環境の作用なども大きな影響を受けているのではないか、など物理的な損害と異なる認定の困難さが紹介された。
岡田幸之医師からは、まず、かつては統合失調であれば「責任無能力」との法的評価がされていた(convention慣例)が、やがて責任無能力、限定責任能力、完全能力の場合が認められるようになり、その実態に応じた法的扱いがされるようになった経緯をあげ、現在PTSDのみが「傷害」にあたるという判断は「慣例」ではないかと指摘。そして、PTSDの要件を一部欠いても被害者の状態を的確に指し示す精神的・医学的診断はできるから、それに応じた被害認定がされるべきである。PTSDのみを精神的影響の中核として捉えることは妥当ではなく、他にも深刻な精神障害はある。また、PTSDの診断基準自体にも変化が生じてくることを示唆。最後に指定討論者金吉晴会長から、被害者の心情と診断の問題、法的紛争と治療について、法律家への分かりやすい警鐘があった。「被害者がかわいそうだからPTSDの診断書を書いてほしい」趣旨の求めがあるが、骨折してないのに骨折したとは書けない。また、法的な争いがあると治療が困難になる場合がある。PTSDに罹患しているかを試すために出来事を思い出させてその反応を調べるのは、骨折しているかを調べるために歩かせてみるようなもの。被害の法的検証が症状を悪化させるということもある。
いずれにせよ、いわゆるPTSDの問題は、その周辺部分まで医師・法律家が共通の理解をもつよう務めることが重要である。
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