| |
 |
| ■ |
総評:岡野憲一カ(国際医療福祉大学) |
| |
 |
外傷に関連した様々な精神障害についての理解が進むにつれ、解離性障害への関心も高まりつつある。そこで本セッションは「 解離性障害をいかに診断し、鑑別するか?」という基本的な問題をテーマとし、同障害に関する臨床研究をすでに発表されている梅末正裕先生、大矢大先生、柴山雅俊先生(以下、敬称を略する)及び岡野憲一郎の各シンポジストが発表を行った。
まず梅末は「解離症状:解離性障害か解離状態か?」と題し、解離をもっぱらトラウマとの関連においてとらえる最近の欧米の学会の傾向に対し、より広い文脈から、診断学的カテゴリーを横断するような状態像の一つとして解離をとらえる必要性について論じた。そして解離の本質がその臨床像が多彩で変遷する傾向にあることから、「他に分類されない解離性障害(DDNOS)」ないしは非解離性障害における解離状態にむしろ解離の病理の本質的な意義が見出せるという視点が示された。さらに薬物療法により脳波が正常化するにつれて解離症状も治まった興味深い事例が紹介された。最後に梅末は古典的な離人症と解離性健忘の区別について論じ、前者は内省が過剰でそこに葛藤があるが、後者はいわば「自己記憶に対する離人症」と形容でき、内省を放棄することで葛藤を回避することが顕著な特徴であると論じた。
次に大矢は「健忘は解離性障害の基本症状か?」と題し、かつての自身の解離性健忘についての研究がその後にどのように推移したかについて論じた。そして症例を提示しつつ、離人体験と解離性障害との比較検討を行い、Steinbergによる解離の二つのタイプである「離隔」detachmentと「区画化」compartmentalizationについての独自の理解を紹介した。特に後者において現実感覚の希薄さ、自らの症状に対する「見事な無関心さla belle indifference」が解離性健忘の特徴であるという点が強調された。
さらに柴山は「解離性障害と離人症」と題し、やはり「他に分類できない解離性障害(DDNOS)」の概念について主として論じた。まず離人体験についての従来の精神病理学的な考察、特に木村敏、安永浩両氏の理論について触れ、それらが基本的に統合失調症に通底する議論であり、現在欧米において広く論じられている解離現象とは質的に異なるものであるという点が示された。そしてまたSteinbergの「離隔」と「区画化」の分類に触れ、特に前者に関する柴山独自の展開がなされた。
最後に岡野がわが国における解離性同一性障害の研究および臨床状況について話し、また統合失調症性の幻聴と、解離性の幻聴との区別についても論じた。
全体の印象としては論者の多くが離人症の病理およびその臨床的な意義について語り、それがいわゆる解離性障害とは異なるものであるという見解も共通していた。離人症が自我のレベルでの苦悩を示し、精神病理学的には統合失調症と至近にあるのに比べて、解離性障害はむしろ「区画化」に特徴付けられ、自らに生じている事態への無関心さが顕著であるという点が発表者の共通した見解として得られた。また解離性障害と統合失調症との鑑別については際立った議論の深まりはなかった。最後にフロアーから、子供の強迫傾向と解離との関連性、その他についての質問がなされた。
|