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【自然災害】『インドネシア・アチェ州の現状と効果的な支援の可能性』

災害被災者が受ける心理的影響の大きさは自明のことであり、何らかの心理的支援が必要である。わが国では、阪神・淡路大震災以降、大きな自然災害が発生すると、地域精神保健のネットワークを活用した支援活動が早期から提供されるようになっており、震災前の状況に比べると、大きな進捗があるといえるだろう。しかし、予想を遙かに超える大災害に対しては、既存の制度やマニュアルはほとんど役に立たず、外部からの支援を得ながら有効なシステムを作っていく必要がある。阪神・淡路大震災や台湾地震は、その典型例であり、大きな社会的ニーズに後押しされて、数年にわたって地道なサービスが提供された。

今回の津波被害に関しては、圧倒的な被害の大きさと、被災地域の脆弱な精神科医療体制を考えると、実際にどのようなサービスが被災地で可能で、それがどのような体制で提供されるべきかを予想することは、困難といわざるを得ない。われわれは被災後1ヶ月の時点で、JICA国際緊急援助隊の一員としてインドネシア・アチェ州に派遣され、今後の精神保健活動の可能性と、それに対する日本ができる支援の方向性について検討した。

インドネシア国内の精神科医療システムは、精神科医師が全国で400人という数が示しているように、必ずしも発達しているとは言い難い。特に、政治的に特殊な背景を持つ被災地アチェ州には、わずかに一つの精神病院が存在しているだけである(医師5人)。したがって、被災後の精神保健活動を展開するための基盤は明らかに不足している。したがって、次のような支援が今後求められよう。

第1に、精神保健施策に関係するキーパーソンに対する情報提供が行われる必要がある。精神保健活動を長く続けるためには、行政施策として展開される必要があり、担当者にその必要性を認知してもらうための働きかけが重要になる。被災後早期から、WHO、ユニセフといった国際機関、国内外の専門家、国際的NGOなどがアチェ入りし、必要性を訴えているが、現時点では何らかの施策につながっている様子はみえない。今後、支援活動全体が縮小されていく中で、長期的取り組みが求められる精神保健活動の必要性について粘り強く訴え続け、具体的な活動につながるような支援を提供することが望まれる。

第2に、地域保健および教育関係者などへ、精神保健の知識の普及を進めていく必要がある。インドネシアには地域保健のネットワークが発達していて、保健所(プスケスマス)が、小さな行政単位ごとに配置されている。これは、日本の保健所とは違い地域住民への外来診療を主に行う機関で、コミュニティにおける医療と保健の拠点である。発展途上国での災害後の精神保健活動の重要な担い手は、開業医や保健師、あるいはケースワーカーであることが、指摘されているが、インドネシアの場合は、この保健所が重要な役割を持つことは明らかである。また、学校は子どもたちへの、ケアの拠点として、わが国の災害後も大きな役割を持つことが知られており、教師に対して精神保健の知識を啓発していくことも、重要だろう。さらに、宗教家や地域コミュニティのリーダーとの連携を考えることも必要と思われる。

被災国の現状に対して、外部から行える支援は多くはない。基本となるのは、現地のシステムを強化し、長く活動に参加できる人々を教育し、その活動を支援することであろう。この場合、現地のニーズを充分に確認することはいうまでもないが、一時的な支援ではなく長期に関与することが重要である。こうした支援の必要性は、他の復興援助に比べると強調されることはない。なぜなら、どのような災害でもインフラの整備が優先されるし、発展途上国では精神保健活動に対する社会的関心は必ずしも十分でないために、被災地の中から心理的支援の必要性が求められることは少ないからである。数多くの自然災害を経験し、被災者への心理的支援がようやく根付きつつある国として日本は、その必要性を訴え続け、地道な関与を行っていくべきであろう。

(兵庫県こころのケアセンター、加藤 寛、大澤智子、藤井千太)