【自然災害】『津波被害から帰国された方のケア』

公開日 2005年01月14日

安全な国内に早く帰ってくることは、日本語による資源のサポートが沢山あることや、安全な日常生活が回復することで、基本的には良いことだと考えられる。しかし、体験の共有という点では、このことは不利にはたらく。旅行者の場合は、海外にそのままいたからといって体験の共有ができるわけではないから、そもそも孤立しやすい、と考えて支援をしなければならないということだろう。

事件を共有する人がそばにいないことは、事件後の回復に影響を及ぼすと考えられる。たとえば、外傷的できごとの前に存在する個人的脆弱性と同様、外傷後のソーシャルサポートのあり方がPTSD発症に影響及ぼすことが分かっているからである(Norris 2002)。とりわけ、家族や友人からの日常的な生活の中でのサポートが重要だと、現在は考えられている(Green 2002)。遺族の事例でも、周りに経験を共有する人がいないことが、苦痛を増す要因となっていることがある。最も大きく生活に影響をうけるのは、妻や子であることはもちろんであるが、経済的あるいは制度的な影響が少ないからといって、その他の家族が精神的影響を受けないわけではない。子どもを亡くした親の悲嘆は深く、その他の家族の喪失に比べてもPTSDの発症率も高いことが先行研究から示されている(佐藤 1998)。ハイリスクな者へ重点的に介入を行うと考えるのであれば、法的経済的な被害者対策とは異なった対象の選定が必要なことが示されている。ともすれば、社会の目は、被害の現場にいた「わかりやすい」被害者へと集中する。今回の津波被害では、マスメディアを含め、誰もが海岸にいて、実際に被害を受けた人とその家族のトラウマ反応については思い描くが、その他の関係者に対しては想像が及ばないのがふつうである。

過去の事例から浮かび上がるケアのポイント

これまでに海外の事件や災害に遭遇して帰国した人からは、次のような相談が寄せられている。

日本に帰国し職場復帰したが、周囲と違和感があり、体験を受け入れてもらえないという思いがある。誰とも付き合いたくない。

周囲の人に事件のことを話そうとしてもうまく伝わらないし、共感してもらえないのでほとんど話をしないという人が多い。しかし、経験について話をすること、それをサポーティブに受け止めてもらえることが急性期のケアとして大切である。テレビや新聞で報道されたことを知っているだけの周囲はその人の経験の大変さを理解できず、興味本位の質問をしたり、話をすることを強要したりする。このような状況の中で被災者は孤立感を感じていく。現地を体験した人同士が話せる場でようやく自分のことをわかってもらえたと感じることがめずらしくない。被災後の孤立はPTSD発症のリスクを増す。救援者の場合も同様である。

ケアのポイント
帰国して、周囲にわかってくれる人のいない孤立感について理解することが必要である。押し付けずに話を聞く。
同じ体験をした帰国者同士で話せる場があれば積極的に利用する。

事件のテレビ報道を見るたびに気持ちが苦しくなるが、見ずにはいられない。

国内でずっと報道を見聞きしているのとは、異なった状態になると考えられる。人によってはフラッシュバックや侵入症状が生じていることもある。強い無力感が生じることもある。また今は日本国内に帰って安全なところにいることに自責感を持つ被災者、救援者もいる。人によって反応はさまざまである。

ケアのポイント
決め付けないで、どのように苦しいのかよく聞く。
ニュースを見るたびにフラッシュバックが起きるような状態のときは、すこし刺激から距離を置き、安全な距離を保つことを勧める。毎日ニュースのはしごをしているような状態であれば、情報量をコントロールするよう勧める。
少し動悸が続くが何とかコントロールできるという程度であれば、刺激から遠ざけてしまうことはかえって好ましくない。その人の関心にあわせ、安全に視聴できるように工夫する。
自責感や無力感については、そのような感情が災害の場では起こりやすいことを示し、合理的な認知ができるようにする。

家族が旅行先から帰国したが非常に具合が悪く心配している。

帰国者家族から相談を受けることがある。体調がすぐれない、食欲がない、ひきこもりがちである、口数が少ない、怒りっぽくなっている、など訴えはさまざまである。
家族の成員の症状などを、心配はしているがうまく対処できていない家族も多い。

ケアのポイント
外傷的な災害現場から戻ってきたときにはさまざまな反応が心身に起きるのが普通であること、またしばらく経つと収まってくることが多いことなど、心理教育を家族にも行う。家族で帰国して、自分も不安が高いが、子どものことが心配で相談する人もいる。子どものケアについても心理教育が必要だが、相談している人の不安についても、気をつけて対処する必要がある。災害後の子どもの心理状態に一番影響を与えるのは親の心理状態であるという研究報告がある。

なんとか帰国し仕事もしているが、あまりその時のこと覚えていない。

災害時のことを思い出さないようにしている、忘れたようにやっているという人は少なくない。もちろん、何とかそれでやっていけるのであれば、時間が経つとすこしずつ楽になるのが普通である。しかし、かなり反応があるにもかかわらず、回避することだけでなんとか対応しようとしていると、うまくいかないことがある。あきらかに健忘があると思われるときには、「何とかやっている」ように見えても、症状評価を慎重に行う。ただし無理に思い出させることはしない。

ケアのポイント
PTSD症状を詳しく評価する必要がある。しかし感情の麻痺や否認があるときには、重篤な印象を欠くこともあるので注意が必要である。
解離症状を評価する必要がある。
これらが病理的なレベルにあるときは、専門家に紹介する。

夫が単身赴任している。死亡したのではないかという恐怖と不安が無事を確認された現在も消えない。気持ちが不安定。

仕事で長期現地滞在中、救援活動従事、などの理由によって、災害後も帰国しない人たちもいる。日本で待つ家族に不安が生じ(それ自体は自然なことだが)、ときには、正常範囲を超えて亢進することもある。

ケアのポイント
話を受容的に聞いてもらうことでかなり落ち着く場合もある。
抗不安薬の使用も検討する。

旅行者は何もしてもらえなかった(自分で航空券を手配し帰ってきた)

テレビに映る被害者は圧倒的な体験をしている。この人たちに支援が必要であることは間違いがないだろう。しかしこの災害で影響を受けた人はそれだけではない。旅行社の社員、ホテルの関係者、現地とは離れてはいたが被害国に滞在していた観光客、友人がなくなった長期滞在者など多くの人がそれぞれ異なる影響を受けている。直接の被害者、誰もが想定するこの津波の被害者の周辺にいる人たちは、一般には被害者としては扱われないが、さまざまな影響をこうむり、国内にいる人よりは強いショックを受けている。なんらかのリスク要因を持っている人たちのなかには、具合が悪くなる人や感情コントロールが難しくなる人もいる。このような人は、自分たちに対する何の支援もないことに怒りをもっていることも多い。

ケアのポイント
怒りを受けとめる。
怒りが現在及ぼしている影響についていっしょに考え、対処を検討する。
リスク要因を考慮して治療の方針をたてる。並存診断に注意すること。
(武蔵野大学 小西聖子)

このページの
先頭へ戻る