第3巻第1号(2005年2月28日発行)抄録集

公開日 2005年02月28日

巻頭言

 2004年(平成16)年10月1日より改正児童虐待防止法が施行され,虐待を疑った段階での通告が法的に明記されました.また,DV家庭の子どもや,保護者以外の同居者からの虐待も保護者の監護を怠る行為(ネグレクト)として児童虐待に含まれました.虐待通告や相談の一時的な窓口に市町村が加わることとあいまって,児童虐待に関わる通告や相談は今後も増加することが予想されます.今回の児童虐待防止法改正の大きな要点のもう一つは,児童の自立支援についても国や地方公共団体の責務としたところです.発見や保護に重点的に展開してきた児童虐待防止対策に加えて,治療やケアのシステムの構築が各地域で展開されることが求められます.現状においても,情緒障害児短期治療施設はどこも被虐待児童の入所率が高く満杯状況です.一方,医療機関で被虐待児童の治療を担うところは増えつつあり,児童養護施設における心理療法の取り組みも広がっています.次の課題は,治療やケアの中身です.本学会で蓄積されたトラウマティックストレスに関する知見と情報が活用され,診断や治療についての活発な議論が望まれます.
 一方で次のような課題も重要と考えます.どんなに良質な治療や心理療法が提供されたとしても,多くの時間を過ごす学校や施設における安心と安全が確保されなければ,治癒や回復は進まないでしょう.往々にして,虐待被害を受けた子どもたちの表す様々な行動上の特徴は,周囲から誤解を受け不適切な対応となりがちです.彼らが暮らす場そのものを質の高いものにしていく努力は,施設職員や学校教師だけでなく,メンタルヘルスの専門職にも求められます.
 福岡市こども総合相談センターは,児童相談所と教育委員会教育相談部門,青少年相談センターを統合して,2003年5月5日にオープンしました.単に相談を受けるだけでなく,この統合のメリットを活かした,保険福祉,学校,地域等における相談,支援,ケアのネットワークの構築もコンセプトに含んでいます.その中で,虐待被害を受けた子どもたちのケアシステムをどのように構築していくかは最重要の課題としてその整備に努めているところです.構築にあたっては,本学会を得られた情報や人的ネットワークに大いに助けられています.これからもネットワークを大事にしながら,虐待被害を受けた子どもたちのケアやそのシステムを充実していきたいと思っています.

福岡市こども総合相談センター
藤林武史

虐待を受けた子どものトラウマと愛着

奥山 眞紀子
国立成育医療センターこころの診療部

虐待を受けた子どもには行動の問題が多く,PTSDの診断基準は満たさないが,トラウマの症状は多く,他者関係や自己調節の問題は顕著であることが示されている。トラウマとしては大人の単回性トラウマとはかなり異なる一方,愛着という側面からは,発達心理学からの研究と臨床の間に乖離があり,愛着のパターンの分類と愛着障害という異なった二つの側面からの研究が進行しつつある。
愛着とトラウマは相互に関係する問題であり,愛着-トラウマ問題として捉えて,発達への影響を考えていくことで,大きな示唆を得られる。その中でも特に,愛着-トラウマ問題の結果としての自己感の問題を捉え,それに対する治療を行っていくことは子どものその後の精神的問題の予防にもなると考えられる問題であり,それを提起し説明を行った.


 ドメスティック・バイオレンス被害直後の被害者への介入

加茂登志子
東京女子医科大学附属女性生涯健康センター

ここ数年,ドメスティック・バイオレンス(DV)問題は様々な局面で顕在化しやすくなり,相談から支援のルートへと乗っていく被害者も増加した。わが国のDV問題とその対策は,「周知・啓蒙の時期」を経過して,ネクストステップを求められているといってよいであろう。危機は同時に早期解決の糸口を発見するチャンスでもある。被害者とその家族が将来への展望を開く糸口となるような危機介入が望まれる。
DV被害者の相談の場は大きく『福祉事務所』や『女性などの相談機関』,『警察』などの直接関連機関と,『医療機関』や『こどもの相談支援機関』などの間接関連機関に分かれる。前者ではプロフェッショナルとしてのDV対応の技能と受け皿の提示が必要とされ,そして後者では被害者の具体的な傷への手当と,その傷を繰り返さないための啓蒙とオリエンテーションの提示が求められる.


民間シェルターを利用したDV被害女性が語る健康状態

平川和子
東京フェミニストセラピィセンター

2001年より2003年までの3年間,厚生労働科学研究子ども家庭総合研究事業の分担研究者として,民間シェルター利用者50名に対し質問紙調査と半構造化面接調査を実施し,シェルター入所前,シェルター入所中,シェルター退所後の,それぞれの時期における健康状態を整理する機会をいただいた。本稿では,既に作成した報告書(平川和子:平成14年度厚生労働科学研究子ども家庭総合研究事業の分担研究報告書「民間シェルターを利用したDV被害女性の健康に関する実態調査」,2003)では扱えなかった被害者自身が語った心身の健康状態についてまとめる。DV被害者支援に際し,被害者と直接に向き合う機会の多い現場の相談員や関係者が,DV被害者の健康状態について理解を深めるとともに,医療機関と連携をとりながら自立支援を行う必要があることを示すためである。.


イギリスにおけるDV加害者対策-加害者更生プログラムを中心として

柑本美和
国立精神・神経センター精神保健研究所

わが国で2001年4月に成立した「配偶者からの暴力防止及び被害者の保護に関する法律」(以下,DV法)は,保護命令,配偶者暴力支援センターの設置など,DV被害者保護のための規定は設けた。しかし,加害者更生プログラムについては,2004年に行われたDV法改正においても導入が見送られた。本稿では,イギリスにおける加害者更生プログラム導入のプロセスを参考に,わが国でのプログラム導入をどう考えるべきかについて問題を明らかにした.


ドメスティックバイレンス加害者プログラムの試み

妹尾栄一1)・森田展彰2)・高橋郁絵3)・信田さよ子4)
1)東京都精神医学総合研究所嗜癖行動研究部門
2)筑波大学大学院人間総合研究科
3)東京都立多摩総合精神保健福祉センター
4)原宿カウンセリングセンター

近年ドメスティック・バイオレンス(DV)に対する体系的な防止策を推進し始めた国では,いずれにおいても犯罪として対処しており,特に北米では厳罰主義で臨んでいる。加害者更生プログラムは裁判所からの命令に基づいて行われ,プログラムの連続欠席や,期間中の再犯(再暴力)は,即刑務所への収監を意味する。筆者らが実際に現地でグループワークに参与観察した経験からは,認知行動療法や心理教育の方法論を全面的に取り入れた内容であることが,よく理解できたので,少なくとも自主的に参加を表明した男性で行うことは,困難ではないと思われた。DV被害者に対する支援制度が今後充実していくならば,被害者支援の一貫としての加害者更生プログラムという視点は,いずれとり組む課題となるであろう.


海上保安官における惨事ストレスならびに惨事ストレスチェックリストの開発

廣川 進1)・飛鳥井 望2)・岸本淳司3)
1)海上保安庁惨事ストレス対策アドバイザー,大正大学人間学部
2)東京都精神医学総合研究所ストレス障害研究部門
3)東京大学大学院医学系研究科クリニカルバイオインフォマティクス研究ユニット

海上保安官の惨事ストレスの現状と対策を検討するために,全国11管区に所属する現場勤務の海上保安官約5,300人より系統抽出した1,053人を対象として質問紙調査を実施した。有効回答率は80.0%(n=842)であった。過去10年間に強いストレスを感じる事件事故に遭遇した者は,有効回答者の45.6%であり,そのうち惨事体験があった者は70.3%,早期のストレス症状があった者は70.1%であった。早期ストレス症状があった者のうち,調査時点におけるIES-R得点25点以上の心的外傷性ストレス症状高危険者の事例率は13.0%であった。これは強いストレスとなった事件事故遭遇者全体の9.1%,惨事体験者の9.6%に相当した。さらに変数選択法を用いて,赤池の情報量規準(AIC)を根拠として,IES-R得点を最もよく予測しうる早期ストレス症状項目の組み合わせを求めた。その結果として,9項目から構成される簡便な「惨事ストレスチェックリスト」を新たに作成し,要注意者,要ケア者を早期にスクリーニングするためのカットオフを設定した。最後に惨事ストレス対策について検討した.


高校生の性暴力被害と精神健康との関連

野坂祐子1)・吉田博美2)・笹川真紀子2)・内海千種1)・角谷詩織3)
1)大阪教育大学学校危機メンタルサポートセンター
2)武蔵野大学心理臨床センター
3)上越教育大学学校教育学部

高校生の性暴力被害と精神健康に及ぼす影響を検討するために,2,346名(女子1,424名,男子922名)の高校生を対象に質問紙調査を実施した。女子では身体接触が37.2%と最も多く,性器露出などの目撃が35.2%,言葉によるからかいが33.0%と続いた。「無理やり,セックスをされそうになった(attempted rape)」と「無理やり,セックスをされた (completed rape)」はそれぞれ13.2%,5.3%であった。男子はセックスの強要を除き,1割から2割の被害率であった。被害時期は,中学・高校生の時期が多いが,幼少期に被害体験をもつ者もいた。行為の相手は,女子は「見知らない人」,男子は「友だち」が多い。セックスの強要に関しては,親密な相手からの「室内」での被害が多いと回答され,デートレイプが特徴として示された。
女子のcompleted rapeと男子のattempted rapeを除き,被害の有無とGHQ-12による精神健康のリスクには関連がみられた。rape被害者はIES-Rが高く,PTSD症状との関連が示された.


SSRIの作用機序に関する最新の知見

橋本謙二
千葉大学大学院医学研究院精神医学

PTSDの治療の第一選択薬として選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が使用されている。SSRIの急性の薬理作用は,前シナプスに存在するセロトニントランスポ-ターを阻害することにより,シナプス間隙のセロトニン量を増加させることである。しかしながら,治療効果の発現には数週間を要することが知られている。一方,SSRIのセロトニン神経系における作用は投与直後に認められることから,セロトニン神経系に直接に作用するだけでなく,情報伝達系の下流に作用している可能性,すなわちシグナル伝達による転写因子制御の分子メカニズムが近年注目されている。本稿では,特にSSRIの作用メカニズムとしてのシグナル伝達系に焦点を当て,最新の知見について解説する.


ドメスティック・バイオレンス被害者における精神疾患の実態と被害体験の及ぼす影響

吉田博美1)・小西聖子2)・影山隆之3)・野坂祐子4)
1)武蔵野大学心理臨床センター
2)武蔵野大学人間関係学部
3)大分県立看護科学大学精神看護学
4)大阪教育大学学校危機メンタルサポートセンター

DV被害が及ぼす精神疾患の実態を把握するために公的DV相談機関を利用しているDV被害者女性65名を対象に調査を行った。96.9%は複合的な暴力を受け,72.3%は5年以上にわたる長期的な暴力を受けていた。
M.I.N.I.を用いた精神科診断では,気分障害,不安障害にそれぞれ4割の者が該当し,自殺に関する危険が高い者が多く,過半数は精神健康が悪かった。さらに,M.I.N.I.診断あり群のCTS2における性的強要の得点は診断なし群よりも有意に高く,心理的攻撃の得点は診断あり群の方が高い傾向があった。
複雑で慢性的なDV被害の精神症状を把握するには,支援者が被害者が受けたの暴力の実態を適切に捉えることが必要である。また精神科医療などの専門機関との連携の必要性が明らかになった。DV被害者の精神健康の回復促進には,危機介入が必要であると同時に,シェルター対処後を含めた長期的で適切な支援を行っていくことが必要である.

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