第4巻第1号(2006年2月28日発行)抄録集

公開日 2006年02月28日

巻頭言

―ISTSSとの連携について―

 日本トラウマティック・ストレス学会(Japanese Society for Traumatic Stress Studies:JSTSS)は,その名称からもおわかりのように国際トラウマティックストレス学会(International Society for Traumatic Stress Studies:ISTSS)の活動を意識し,いわばその日本版として発足し,活動を重ねてきた.名称が紛らわしいが,ISTSSは国際と名乗ってはいるものの米国内の学会である.別に世界大会World Congressが数年に一度,不定期に開催されており,次回は2006年6月にアルゼンチンのブエノスアイレスで開催される.
 ISTSSは1985年に発足し,それ以降,米国のトラウマティック・ストレスの研究の牽引役を果たしてきた.米国には心的トラウマの研究拠点として,1989年に退役軍人局の一部として発足した国立PTSDセンターがあり,事実上,退役軍人だけではなく各種自然災害なども対象に含めてはいるが,ISTSSはより広い問題に対して,様々な立場の臨床家,研究者を組織し,このテーマの周知と,援助,研究活動の向上に努めてきた.
 さて,JSTSSは,その発足の経緯からも,ISTSSとの連携(affiliation)を企画してきた.実際,ISTSSにはいくつかの海外組織が公式に連携している.しかし連携した組織の中には実際の活動が衰退した組織もあり,ちょうどJSTSSが発足した当時は,連携の基準の見直し作業が行われていた.そのために連携の手続きを飛鳥井前会長の任期中に進めることができず,私の代に持ち越しとなったのである.2005年の大会は奇しくも今回のハリケーン被害のあったNew Orleansで開催され,その席で当時会長のBarbara Rothbaum(National Center for PTSD,Boston)の主催した提携に関する検討会に私が出席し,連携についてのJSTSS側の希望を伝えるとともに,その後の手続きについての打ち合わせを行った.ISTSS側で連携に関する交渉をEdna Foa(Pennsylvania University)らが務めることになり,その要請に応えてJSTSSの学会規約(bylaws)の英訳,活動の英文報告書,提携を要請する書簡などを取りまとめて提出し,何度かの交渉を経て今回の提携に至ったものである.規約の英訳,英文での理事名簿ならびに過去のシンポジウムなどの一覧作成に関しては主に事務局の加藤寛副会長(兵庫県こころのケアセンター)にご担当頂いた.
 今後はJSTSSの代表者がISTSSのex-officerとなり,ISTSSの大会における理事会などに参加することができるとともに,米国内外でのISTSSの活動への協力を求められ,できるだけこれに応えなくてはならない.理事会での討議はその一つであるが,2006年6月にブエノスアイレスで開催される世界トラウマティックストレス学会(WSTSS)ではJSTSSが運営組織に名を連ねることとなった.またアジアを中心とする諸外国に対しても,指導,連携などの活動を行っていくことが求められることと思う.
 この提携を機に,JSTSSが本来の使命をより明確に果たしていくことが期待されており,その責務を学会員のご協力を得て,果たしていきたいと思う.

2006年1月
国立精神・神経センター精神保健研究所成人保健部
金 吉晴

【特集 司法とPTSD】

米国の法廷のなかのPTSD

岡田幸之
国立精神・神経センター精神保健研究所 司法精神医学研究部

(抄録)
DSM-IIIにPTSDが初めて採用されたのは1980年であった。すでに1975年にベトナム戦争を終えていた米国では,この当時から法廷にPTSDが登場していた。それ以来,PTSDは刑事,民事の領域にわたって,さまざまに利用されてきた。同時に,その乱用や誤用も早くから指摘されてきた。このような状況を受けて,法廷でPTSDを扱ううえでの専門家のためのガイドラインなども示されている。最近では,PTSDの生物学的な特徴(たとえば,海馬の萎縮所見)が研究,報告されるようになり,もはやPTSDは“心の傷”ではなく“脳の傷”であり,精神的後遺症ではなく身体的後遺症というべき扱いを受ける可能性もでてきた。このような米国の法廷におけるPTSDの扱いについて,おそらく日本のそれに先行するものとして,われわれはよく理解しておくべきであろう.


 被鑑定人死亡後の精神鑑定 ―PTSDから自殺に至ったと考えられた性被害の一例―

岩井圭司
兵庫教育大学大学院 学校教育研究科教育臨床講座

(抄録)
性被害によって外傷後ストレス障害(PTSD)を発症したと主張する原告が,加害者とされる職場の元上司を相手取って損害賠償訴訟を起こした後に自殺を遂げ,被鑑定人(本例では原告)死亡のままPTSD診断の当否をめぐって精神鑑定が施行された事例について報告した。
鑑定医(鑑定人たる精神科医)の任務とは,専門的な経験則を運用することにあり,個別的な事実を鑑定することにあるのではない。具体的には,裁判所からの鑑定事項に答えることが求められる。こういった視点から,被鑑定人死亡後の精神鑑定についていくつかの留意点を指摘し,また精神科医ができるだけ裁判に協力していくために若干の提言を行った.


刑事・少年司法とトラウマティック・ストレスをめぐる二・三の覚書

藤岡淳子
大阪大学大学院人間科学研究科

(抄録)
司法分野で問題となるトラウマティック・ストレスをめぐる問題は,単に精神障害としてのPTSDあるいはそれに関わる精神鑑定の問題だけではない。複雑性トラウマを含むトラウマ体験が,人間の情緒性・社会性の発達にどのような影響を及ぼし,それがどのように犯罪行為を発現させていくのかの解明が重要である。それが犯罪行動変化のための治療的働きかけにもつながると期待する。犯罪は社会的コンテクストにおいて生じるものであり,個人の要因のみを見ることは理解を妨げることにもなる。司法分野においては,精神衛生分野とはことなる「犯罪」の定義および理解に基づいて判断や決定がなされている。より高い視点,広い視野からトラウマ体験と加害行動とを理解し,対応していくことが望まれる.


【原著】司法に関連する外傷後ストレス障害(PTSD)―類型化の試み―

橋爪きょう子*,小西聖子**,柑本美和***,中谷陽二*

*筑波大学大学院人間総合科学研究科
**武蔵野大学大学院人間関係学部
***国立精神・神経センター精神保健研究所司法精神医学研究部

(抄録)
これまで,わが国における司法に関連した外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder;PTSD)が包括的に扱われた研究が少ないため,本研究では事例を調査しその類型化を試みた。刑事事件においては責任能力などの要件としてPTSDを主張するもの,被害者のPTSDが傷害罪・致傷罪などを構成すると主張するもの,加害者に不利な情状として被害者のPTSDを主張するものの3つに分類された。刑事事件以外では,不法行為において損害としてPTSDを主張するもの,PTSDに対する補償と年金の請求,DVや虐待,難民において保護を目的にPTSDを主張するものに分類された。それぞれの類型において,精神科医がPTSDの評価を行う際の留意点に注目して考察を加えた.


【原著】産業施設災害が及ぼす心理的影響―対処行動とトラウマ症状に関する諸考察

大江美佐里
久留米大学医学部精神神経科

(抄録)
石油化学関連工場での爆発炎上による火災発生後2カ月後に従業員178名を対象とし,PTSD症状とうつ病症状を中心に心理的影響を調査した結果を報告した。対象者のうちIES-RでPTSD危険群に該当したのは24名(13.5%),SDSでうつ病危険群に該当したのは42名(23.6%)であったが,両者を併存したのは10名であった。属性ごとの比較では,若年者・技術職・出火工程所属においてIES-R,SDSとも有意に高値を示した。PTSDとの関連因子をロジスティック回帰にて分析したところ,問題飲酒,情緒優先対処が有意な項目として挙げられた。災害後のストレス対処行動によってPTSDとうつ病の症状発現に差が生じる可能性が示された.


【総説】輸送災害と外傷性ストレス反応 ―船舶・航空・鉄道事故に関する研究総説―

前田正治*,比嘉美弥**

*久留米大学医学部精神神経科学教室
**久留米大学大学院心理学研究科

(抄録)
本稿では,船舶,航空機,鉄道など輸送機関の大規模事故に遭遇した被災者の精神医学的問題について,内外の文献を通覧しまとめた。輸送災害においては,自然災害よりもしばしば死傷率が高いためか,PTSDやうつ病などの発生が多く,しかも長期間精神医学的問題を有し続けるという報告も少なくない。さらに被災者の救援や遺体回収に従事した救援者の精神医学的問題も多い。その一方で,主として事故後被災者が離散してしまうなどの理由で,自然災害に比べると精神医学的調査や介入に困難が認められる。輸送災害が発生した場合には,被災者に適切な精神医学的サービスを提供するために,広範囲にわたる地域精神保健ケアシステムを構築する必要があると考えられる.を加えた.

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