第9巻第1号(2011年2月発行)抄録集

公開日 2011年02月01日

巻頭言

 このたび,第10回日本トラウマティック・ストレス学会大会を2011年4月23日(土)~24日(日)の2日間,大宮ソニックシティ(埼玉県さいたま市)において開催致します.節目となる第10回大会において,大会長という大役を拝命しましたので,この場を借りて皆様にご挨拶申し上げます.
 本大会のテーマは「支援に向けた継続的なパートナーシップ」と致しました.本学会は設立以来,多様な専門家が有機的に関わっているのが特徴です.本学会の設立以降,トラウマという言葉はもはや一般語と化し,社会が専門家たちに期待する役割もめまぐるしく変わり,そのニーズは高まる一方です.そのような状況で,いかに専門家たちが相互関係を強化し,支援・啓発・教育を継続していくかが課題だと感じる中,このテーマと致しました.
 初日は,当学会の歴代会長が登壇し,「学会設立10年の歩みを振り返って」というパネル・ディスカッションを行います.また,特別講演を大野裕先生(慶應義塾大学保健管理センター教授)と野村総一郎先生(防衛医科大学校精神科学講座教授),教育講演「産婦人科での性暴力被害急性期対応」を佐々木靜子先生(まつしま病院院長)にお願いしています.
 今回の大会には,本学会と連携関係にある国際トラウマティック・ストレス学会(ISTSS:International Society for Traumatic Stress Studies)の理事会が日本で執り行われます.それに伴い,2日目の一部シンポジウムは,ISTSS理事の一部が参加する国際的なシンポジウムとなります.世界レベルにおける最先端の話題をより深く学べるためのワークショップなど,魅力的なプログラムを企画しています.
 皆様のご参加を心よりお待ち申し上げております.

2011年1月
防衛医科大学校精神科学講座
(第10回日本トラウマティック・ストレス学会大会長)
重村 淳

【特集 施設保護を受けた子のトラウマ】

特集にあたって

杉山登志郎

 私は児童青年精神科医として子ども虐待の症例を診てこなかった訳ではない.だが,2001年にあいち小児保健医療総合センター心療科に子ども虐待の専門外来を設け,多数の子ども虐待の子どもとその親の治療に取り組んでみて,その重症度に驚かされた.なかんずく児童養護施設に暮らす子どもたちの臨床的な重さについて,何度も驚かされた.その背後に,これらの子どもたちの劣悪な生活環境を知るようになった.これも,これまで児童養護施設の子どもの治療を行ってこなかった訳ではないので,子ども虐待に正面から取り組むまで気付かなかったということに恥じ入るばかりである.
 特集の加賀美,西澤による論文の一節である「現在全国に約570カ所ほどある児童養護施設のうち,いわゆる「大舎制」(40人から100人超の大きな集団の子どもたちが一家政単位として共同生活を営む形態)の施設が約70%を占めている.一方で,国が定める施設職員の配置基準では,1976年にケアワーカー(直接子どもの生活支援にあたる職員)が,6対1(小学生以上の子ども6人に対してケアワーカー1人の配置)に改定されて以来,30年以上たった今でもいまだに据え置きの状況である.ケアワーカーの労働時間等を勘案すると,20人程度の子どもを1人のケアワーカーがケアするという,非常に貧困な実態となっている」.
 子ども虐待によって傷ついた愛着の修復を,このような中で行うことは不可能である.これは国家レベルのネグレクトである.このままでは,わが国の社会的養護は非行養成所になりかねない.だがそのような中でも,さまざまな努力と革新のための試みが行われている.
 トラウマに立ち向かう専門家として,あるいは子どものこころの専門家として,本誌の読者には何よりも,現在の社会的養護の実態を正確に知って頂きたいと思う.そこから取り組みへの道が開けるのであるから.


わが国の社会的養護の現状と課題

加賀美尤祥*1・西澤  哲*2
*1社会福祉法人山梨立正光生園
*2山梨県立大学人間福祉学部

本稿では,児童養護施設の動向を中心に子ども家庭福祉の現状と課題の検討を行った.施設は戦災孤児対策である収容保護パラダイムのもとに成立した.その後,高度経済成長による社会構造の変化に起因する非行の低年齢化など新たな子ども問題が生じ,施設にはこれらの問題への対応が求められた.1990 年代以降,入所する子どもの大半が虐待を受けているという事態となった.彼らは,トラウマやアタッチメントに関連した問題を呈し,そのケアには大人との安定した対人関係が基礎となる.こうしたニーズに応えるべく脱施設化を促進し里親養育を推進した欧米とは対照的に,わが国ではいまだ施設における集団養護が中心であり,戦後の収容保護パラダイムがいまだ維持され,これが施設内虐待を生む一因となっている.施設は家庭的養護を可能とする小規模化を志向し,子どもに適切なケアを提供する場へと転換する必要がある.また,パラダイム転換により,全ての家庭を視野に入れた真の意味での「子育ての社会化」を実現しなければならない.


日本の社会的養護制度の過去,現在,未来

奥山眞紀子
国立成育医療研究センター こころの診療部

何らかの理由で家庭養育が困難になった時に社会が子どもの養育を担う制度が社会的養護である.そして,それを必要とする背景やその状況は,アタッチメント形成への危険やトラウマの危険があるだけではなく,喪失体験そのものであり,子どもの精神発達に重大な危険が存在する.しかしながら,わが国の社会的養護制度が確立してきたのは戦争孤児対策を基盤とした児童福祉法成立以降の児童福祉政策によるものであり,生活を与える保護収容パターンが続き,精神的な対応は遅れていた.その結果,時代に伴うニーズの変化,特に近年の虐待を受けた子どもとその精神的問題の急速な増加に対応しきれていない現状がある.一方,日本の社会的養護の特徴は海外先進諸国に比べて里親養育が少なく,施設養護が圧倒的に多いことである.アタッチメント形成を含めて家庭的養育の必要性が高まる中,社会的養護の過去と現在を踏まえ,日本における今後の方向性を提示した.


発達障害とアタッチメント障害

杉山登志郎
浜松医科大学児童青年期精神医学講座

発達障害の新しいパラダイムを紹介し,子ども虐待と発達障害の複雑な関係を整理した.発達障害の存在は虐待の高リスクになるが,子ども虐待による慢性のトラウマは,その後遺症として,発達障害に非常に類似した症状を引き起こす.さらに複雑性トラウマは広範な脳のダメージを生じ,発達障害症候群と言わざるを得ない臨床症候群を呈する.あいち小児保健医療総合センターを受診した1,036名の被虐待児のうち,216 名(20.8%)の社会的養護を受けている児童について比較検討を行い,アタッチメント障害や解離性障害さらに行為障害などが重症であることを示した.これらの資料をふまえ,広汎性発達障害とアタッチメント障害との鑑別について検討を行った.


家庭的養護拡大の取り組みと課題

藤林 武史
福岡市こども総合相談センター

わが国の社会的養護体制は,不十分な施設ケア体制の下に施設内虐待や子ども間暴力が多数発生している一方,家庭的養護は広がっていない.福岡市においても当初は里親委託率は低調であったが,NPO や市民団体,里親会,小児科医で構成される共働型実行委員会を中心にした,市民への普及啓発ムーブメントの盛り上がりの中で,5年間で65 人もの里親登録があった.一方,施設の受け入れ困難に伴う措置,アタッチメント課題を持つ子ども,15 才以上の年長児など,幅広いニーズに応えることで里親委託率を5年間で3倍に押し上げることになった. 家庭的養護委託児童を支えるためには,児童相談所内の里親専従体制の充実,里親とのマッチング,里親会や里親サロンのような相互支援,地域コミュニティからの里親支援が必要である.また,児童のアセスメントとメンタルケアも重要な課題であり,児童相談所以外の,地域の小児科,精神科,総合病院などからの身体的心理的ケアも期待される. 家庭的養護と施設ケアが補完し合いながらの相互の発展が,今後の社会的養護に求められる.


児童養護施設における子どもたちの自伝的記憶 ―トラウマと愛着の観点から―

森  茂起
甲南大学

児童養護施設における子どもの支援を,自伝的記憶の形成の観点から考えるため,自伝的記憶の定義,トラウマおよび愛着との関係を整理したのち,実践の方法論を論じた.トラウマは,自伝的記憶に混乱をもたらすものとして理解できる面を持ち,愛着は,愛着表象の記憶として,また自伝的記憶の形成を促進する親子関係の問題として,自伝的記憶と深く結び付いている.児童養護施設においては,入所時の情報の聞き取りと提供,ケアの過程で実施されるライフ・ストーリー・ワーク,日常生活における記憶の扱いなどで,自伝的記憶の整理が行われている.トラウマを扱う治療技法は,自伝的記憶の整理を軸としたナラティヴ・エクスポージャー・セラピーをはじめ,自伝的記憶の整理の要素が組み込まれ,児童養護施設においても試みられつつある.援助者の準備性の問題も含め,自伝的記憶の形成が,児童養護施設における援助実践の重要な課題の一つであることを指摘した.


分離された施設入所となった被虐待乳幼児のアタッチメントとトラウマとの問題の推移
―アタッチメント・プログラムを追加した対象を含めた考察―

青木  豊*1・平部 正樹*2・南山今日子*3・芝  太郎*4・安部 伸吾*5・吉松 奈央*1・鈴木 浩之*6・佐々木智子*7・加藤 芳明*8・奥山眞紀子*9
*1相州乳幼児家族心療センター(あつぎ心療クリニック附属)
*2埼玉学園大学
*3子供の虹情報研修センター
*4ドルカスベビーホーム
*5唐池学園
*6神奈川県中央児童相談所
*7小田原児童相談所
*8神奈川県庁
*9国立成育医療センター

本論文では,施設に処遇された被虐待乳幼児のトラウマとアタッチメントの問題の推移を調査した.また同施設でアタッチメント・プログラムを行いその効果を調べた.対象は月齢10~50 カ月の7つの施設に入所中の被虐待乳幼児である.通常養育とアタッチメントプログラム(以下AP)とで,10カ月間の前後で,CMYC を用いて調査を行った.結果は,トラウマの問題は通常養育,AP ともに第1回調査で高かったが,10 カ月で有意な改善をともに認めた.アタッチメントの問題は,第1回調査で著しく高くはなかったものの,通常養育では10 カ月間で有意の変化を認めなかったが,アタッチメント・プログラムを10 カ月実施したところ,アタッチメントの問題が有意に減少していた.これらの結果は,トラウマの問題は,元家族からはなれ,より安全な環境に生活することで,一定の改善をみること,アタッチメント・プログラムがアタッチメントの病理を改善に向かわせることを示唆している.これらデータをもとに,施設処遇された被虐待乳幼児に対する,評価・治療の戦略を提案した.


地方都市消防職員の惨事ストレスに影響を与える要因

牧野公美子・渡邊 泰秀
浜松医科大学医学部看護学科

惨事ストレスとストレス媒介プロセスの現状および関連性を明らかにするため,浜松市消防本部所属の消防職員877 名にアンケート調査を行った(有効回答率は42.2%).精神健康度の測定にはGHQ-28 とIES-R を用い分析した.精神的不調者は43.0%,PTSD ハイリスク者は18.9%であり,階級別の精神健康度に有意差はなかったが,「上司のperson-centered attitude に対する認知」と「職場からの情緒的な支援認知」に有意差を示した.さらに,パス解析結果から全階級を通じて,自己表現を抑制する職員ほど精神健康度は不調であった.一方,自己表現する職員ほど周囲からの情緒的な支援や上司のperson-centered attitude を認知し精神健康度は良好な傾向を示した.このことから,アサーション・トレーニングを通じて個々の職員が率直に自己を表現できるようにする必要がある.


外傷後ストレス障害(PTSD)の心理生物学

松村 健太*1・本田 りえ*2
*1国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所成人精神保健研究部
*2武蔵野大学心理臨床センター 

外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder: PTSD)の心理生物学的側面をレヴューした.PTSD 患者は,トラウマ記憶のリマインダーだけでなく一般的な刺激に対する生理学的反応性が高い,神経内分泌系にも変調をきたしている,恐怖学習と消去に関わる過程が正常に働いていない,という心理生物学的特徴を有していた.また,PTSD の新たな予防・治療方略として,記憶システムと関与の深いβブロッカー,コルチゾール,オピオイド,D サイクロセリン等の薬物の使用が議論された.本稿が,PTSD の病態生理の解明や,新たな予防・治療方略の開発の手助けになることを願ってやまない.


災害急性期からの遺族支援 ─遺体安置所でのDMORT 活動から─

村上 典子*1・吉永 和正*2・大庭麻由子*3・ 植田由紀子*4・山崎 達枝*5・久保田千景*6・河野 智子*7・黒川雅代子*8・重村  淳*9
*1神戸赤十字病院心療内科
*2兵庫医科大学地域救急医療学
*3兵庫県災害医療センター
*4兵庫県臨床心理士
*5NPO法人災害看護支援機構
*6大阪府立大学大学院博士前期課程家族看護学分野
*7京都第一赤十字病院
*8龍谷大学短期大学部
*9防衛医科大学校精神科学講座

災害時の遺族・遺体対応に関わる諸問題に取り組む目的で,日本DMORT 研究会は発足した.テロを想定した兵庫県国民保護共同実動訓練(内閣官房主催)では公的な訓練に初めて,DMORT(Disaster Mortuary Operational Response Team:災害時遺族・遺体対応派遣チーム)が参加し,兵庫県警と連携しながら,遺体安置所での遺族の遺体確認に立会い,死亡者の家族への支援を行った.


受刑者のトラウマ体験とその対応 ─刑務所内治療共同体での実践─

毛利 真弓*1・藤岡 淳子*2
*1株式会社大林組/島根あさひ社会復帰促進センター
*2大阪大学大学院人間科学研究科

官民協働刑務所内の「回復共同体ユニット」における米国式治療共同体を用いた,受刑者の改善更生のための治療教育の試みを報告する.加害行動を行った受刑者たちには,トラウマ体験を持つ者も多く,複雑性トラウマの治療と共通する面も多い.彼らの孤立と否認のスパイラルを転換していくには,安心・安全な仲間との絆と場を作り,その中で「話す」ことによって手放し,伝えることによってつながることが効果的である.

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