第10巻第1号(2012年2月発行)抄録集

公開日 2012年05月01日

巻頭言

 2011年3月11日から1年余を経て,本日お手元に本誌10巻1号をお届けいたします.本誌特集は,【東日本大震災‐2】と【災害による死別・喪失の悲嘆とそのケア】です.東日本大震災と原子力発電所の事故だけではなく,長野県立栄村の震災など災害が続いたこの1年の体験は,それまでの1年とは異なった意味合いを持ったと思います.震災は終わってはいません.しかし,季節は確実に1年が経過したことを伝えています.
 今回の災害では,多くの国・文化の人々に,私たちの振る舞いが注目されました.またそこから私たちの行動のありようや見え方,さらには彼らの感じ方を改めて考えるきっかけになりました.この体験を含め,自らを省みる視点を持ち続ける姿勢は,生きていく助けになるはずです.たとえば,論文を読み・書くことも,省みることにつながり,さらに後々の検証を念頭におくことは,冷静さ,客観性といったものを保つ支えになると思います.今さら内省について,ここで述べるのは奇妙だと思えるかもしれませんが,生きて,何かを続けるには必要なことだと痛感しています.
 私たち会員の多くは,悲嘆や喪失に直接触れる仕事をしています.今,自分たちなりに最善を選んでいるつもりではありますが,その仕事が,後世の批判に耐えるものであるよう祈っています.この号が発刊された今,手にとる方たちにとっても,10年後,30年後,50年後に可能であれば参照する方たちにも,何かを伝えられるものであるよう願っています.
 今回の震災に限らず,過去にたくさんの災害・事件がありました.しかしそれが世の中にとって大きいかどうかもさることながら,その人自身にとってどうであるかが重要だと考えます.つまり,世間の耳目を集めない「小さな」できごとであっても,本人にとって大きければ大きいということを,また大きな災害であっても,そこにひとりひとりが抱えている「小さな」できごとがあるということを,大きさにまぎれて忘れることがないようにしたいと思っています.
 さまざまな形でお力添えくださっている皆様に,東北の者のひとりとして厚くお礼申し上げます.

2012年5月
武蔵野大学人間科学部
大山みち子

【特集 東日本大震災-2】

大規模災害後の子どものこころのサポート授業

冨永 良喜*1・三浦 光子*2・山本  奨*3・大谷 哲弘*4・高橋  哲*5・小澤 康司*5・白川美也子*5・渡部 友晴*6
*1兵庫教育大学
*2いわて子どものこころのサポートチーム
*3岩手大学
*4岩手県総合教育センター
*5岩手県沿岸部スクールカウンセラーSV
*6岩手県巡回型スクールカウンセラー

本報告の目的は,東日本大震災後の子どもの心理的支援プログラムを検討することである.岩手県教育委員会は災害後に必要な体験の段階モデルに基づいた一年間の子どものサポートプログラムを立案した.災害後に必要な体験の段階モデルは,安全と安心の体験,ストレスマネジメント体験,心理教育,生活体験の表現,トラウマ体験の表現,回避へのチャレンジ体験,服喪追悼から構成された.「こころのサポート授業1」では,災害から約2カ月から3カ月に,リラクセーションと絆を深める体験活動が実施され,子どもの安心感とストレスマネジメント体験を育成した.「こころのサポート授業2」では,災害から半年後に,トラウマの心理教育とストレスマネジメントとトラウマ・ストレスアンケートが実施され,その後,教師とカウンセラーによる個別カウンセリングが行われた.「こころのサポート授業3」では,災害から11カ月後に,「一年間を振り返る」というテーマでの作文活動が実施された.日本の心の健康授業のカリキュラム上の課題が考察された.


神奈川県心のケアチームの活動から

桑原  寛
神奈川県精神保健福祉センター

東日本大震災に際し,国は初めて被災直後から全国規模での「心のケアチーム」の派遣調整を行った.本県でも「神奈川県心のケアチーム」が組織され,3月23日から8月8日まで岩手県大槌町での支援活動を行ったが,本活動は総じて必要支援物資の一環としてごく自然に受け入れられた.今回の支援体験をふまえた大規模災害時の心のケア支援体制の見直しでは,IASCガイドラインの「精神保健・心理社会的支援体制の整備」を参照しつつ「心のケア」にかかる概念整理を行い,他領域の支援関係者との共通理解のもと被災直後から包括的な心のケア支援を提供しうる体制整備が必要である.また,地方自治体は,来るべき大震災に備え,セルフケア,コミュニティケア,プライマリメンタルヘルスケア,総合病院や地域精神科医療,精神科専門医療施設などで構成される「適正なピラミッド型の地域メンタルヘルスサービスシステム(WHO)」の整備に取り組む必要がある.


災害精神保健対応におけるクリティカルパスの有用性の検討

鈴木友理子*1・伊藤 弘人*2・小原 聡子*3・深澤 舞子*4・金  吉晴*1,4
*1独)国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 成人精神保健研究部
*2独)国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 社会精神保健研究部
*3宮城県精神保健福祉センター
*4独)国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 災害時こころの情報センター

【目的】「大型自然災害時の精神保健対応クリティカルパス」について,実際の災害対応に基づきその有用性を検討する.【方法】東日本大震災への対応を経験した宮城県精神保健福祉センター職員に詳細な面接調査を行った.【結果】東日本大震災への対応の支援にあたって,宮城県精神保健福祉センターへは,当クリティカルパスが災害対応の初期に提示されたこともあり,当クリティカルパスは宮城県で東日本大震災の対応において実際に活用された.宮城県精神保健福祉センター職員への聞き取りの結果,当クリティカルパスに示された活動方針は理解されたが,東日本大震災は被害が甚大であったため,フェーズ0に相当する部分が2~3週間にわたり,特にこの時期に被災状況や保健体制に関する情報収集をはじめさまざまな課題が指摘された.【考察】当クリティカルパスは活用されたが,クリティカルパスを単に提示するだけではなく,過去の経験との相違点や現地の状況で必要なことや優先順位を見極めたり,行政の判断や行動を支援するといった技術支援も併せて提供するとより有効に用いられると考えられた.


3.11と学会:震災からの歩みと今後の課題

前田 正治
久留米大学医学部神経精神医学講座

今般の大震災以降の学会の歩みを紹介した.震災直後の混乱のなか,基本的な方針として,3年程度の長期的な支援を行うこと,そして被災地のニーズにそった支援を行うことを決めた.さらに学会を法人化し,実際に支援を行うための経済的な基盤を作ることを目指した.学会として行った具体的な支援は,震災委員会の提言に基づくものであり,現地かかりつけ医への講習,そして保健師などの被災地行政機関の援助職員に対するコンサルテーション事業である.これらの活動は試行錯誤ながら熱心に実行された.今後の課題として,このような支援活動の総括や発信を行うこと,より機動的に支援活動を行えるような基金制度の活用があげられる.


大災害後の外部からの支援をめぐって

加藤  寛
兵庫県こころのケアセンター

大災害後の心理的支援を行う上で,外部からの支援者の役割について,阪神・淡路大震災をはじめとする過去の災害,および今回の東日本大震災の状況について検討した.東日本大震災では,沿岸部の精神保健福祉ネットワークが大きな被害を受けたことから,他の災害に比較して,きわめて長期の外部支援が求められている.この状況に対して,日本トラウマティック・ストレス学会が行ってきた活動の方向性と,当初の調整過程について報告した.


[座談会]震災後の子ども―中長期的変化と対応について

吉田弘和*1・山崎 透*2・田中 哲*3・笠原麻里*4(司会)
*1宮城県子ども総合センター
*2静岡県立こども病院
*3小児総合医療センター
*4医療法人財団青渓会 駒木野病院

 


【特集 災害による死別・喪失の悲嘆とそのケア】

災害による死別・離別後の悲嘆反応

 伊藤 正哉*1・中島 聡美*2・金  吉晴*2
*1国立精神・神経医療研究センター 認知行動療法センター研究指導部
*2国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 成人精神保健研究部

本論文では,災害後の悲嘆反応についての先行研究を概観し,その特徴について検討した.災害に関連する悲嘆の特徴としては,さまざまな側面での甚大な喪失が体験されやすいこと,トラウマティックな死別が起こりやすいこと,死別や離別などの別れ方において不明瞭さが際立つこと,そして,悲嘆だけでなく,さまざまな二次的ストレスが派生することが指摘された.また,災害による死別は,災害後のうつやPTSD,複雑性悲嘆につながる可能性が示唆された.災害後の死別を経験した者の複雑性悲嘆の割合は,最も少ないものでも18.6%と報告されている.こうしたことから,災害後の悲嘆のケアの必要性が指摘された.


遺体確認時の遺族への支援―東日本大震災における遺族支援活動から―

藤代 富広
警察庁長官官房給与厚生課(投稿時;埼玉県警察本部犯罪被害者支援室)

東日本大震災の被災地における遺体安置所での遺族支援を通して,遺体確認時における遺族への心理的支援を検討した.支援活動は,これまでの犯罪被害者遺族支援から得た知見に基づいたものであったが,多数の遺体が運び込まれ,さらに多くの被災者が肉親の遺体を探しに訪れる遺体安置所では,犠牲者の尊厳を保つこと,身元確認の際の寄り添う支援が行える最大限のことであった.このような初期支援は,一貫して被災者遺族の心情に配慮したものであり,関わった遺族の言葉から,結果として確認時の支援が肉親の死亡確認という強い衝撃の軽減に寄与したと考えられた.遺体確認時に必要な支援として,遺体に関する情報提供,検視時の遺体に対する尊厳ある扱い,身元確認時の付き添い,大切な家族への思いの傾聴を挙げた.今後の課題として,被災者遺族から聴取しての初期支援の検証,死亡告知時の支援に関する訓練,心理支援の確実な情報提供,遺体安置所で業務に当たる行政職員への支援を挙げた.


東日本大震災における遺族の現状とグリーフケア

高橋 聡美
つくば国際大学 医療保健学部看護学科 精神看護学

東日本大震災において遺族となった人の数は約10万人と推計され,遺族へのケアは本震災における重要なテーマの一つである.被災地における電話相談および遺族のわかちあい,大切な人を亡くした子どもたちのケアプログラムなどを通して,強い否認,憎しみ・怒りなどが遺族の心理の特徴として伺えた.また,行方不明者を抱える家族は,曖昧な喪失が故の矛盾と周囲との気持ちの乖離が見られた.死別後に遺族が示す悲嘆反応は病気ではないが,適切なケアが必要になることがしばしばあり,そのケアは日常の中のサポート,非日常でのサポート,専門家による複雑性悲嘆・精神疾患へのサポートの三つの段階に分けられる.また,本震災では多くの子どもが大切な人を亡くしており,子どものグリーフサポートは長年にわたって必要であると思われその整備は喫緊の課題である.死別による悲嘆反応は疾患モデルで治療できるものではなくそのアプローチは今後丁寧な検証を要する.


災害による死別の遺族の悲嘆に対する心理的介入

中島 聡美*1・伊藤 正哉*2・村上 典子*3・小西 聖子*4・白井 明美*5・金  吉晴*1
*1独立行政法人国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所
*2独立行政法人国立精神・神経医療研究センター 認知行動療法センター

*3神戸赤十字病院 心療内科
*4武蔵野大学大学院 人間社会研究科
*5国際医療福祉大学大学院 医療福祉学研究科

災害の遺族では,PTSDや複雑性悲嘆などの精神的問題が多いことが報告されている.本稿では,予防的視点から三段階に介入のレベルを分け,どのような心理的介入が有効であるかについて検討を行った.遺族全体を対象とした一次介入では,PFAに代表される情緒的サポートや現実的問題への対処を中心とした心理的介入が勧められている.二次介入では,心理的苦痛の強いハイリスク者に対して心理的介入を行うことで,その後の精神障害の発症リスクを軽減する可能性が示唆された.三次介入では,複雑性悲嘆の症状を呈している遺族に対して現在効果が実証されている複雑性悲嘆に対する認知行動療法などを提供することが有用である.遺族が適切な介入を受けられようにするためには,このような介入や治療を提供できる支援者・治療者の育成と,問題を抱えた遺族を同定し治療に結び付けられるようなコミュニティネットワークの形成が重要である.


【実践報告】

専門職連続講座「子ども虐待に関する基礎的知識と初期対応のあり方」を開催して

横手 直美*1,2・竹倉 晶子*1・下西さや子*1,3
*1日本赤十字広島看護大学 看護学部
*2中部大学 生命健康化学部(現職)
*3広島国際大学 医療福祉学部(現職)

子ども虐待に関する法的・社会的・心理的な専門的知識の習得と初期対応のあり方を学ぶことを目的とした専門職連続講座「子ども虐待に関する基礎的知識と初期対応のあり方」を看護大学において開催した.5回にわたり,述べ96名が参加した.毎回,参加者にアンケートを行った結果,講座内容は「分かりやすかった」,「今後の職場での活動の参考になった」が約80%と好評で,今後の開催希望も高かった.


世間は震災トラウマケアの何を知りたいのか―ツイッターによるリスクコミュニケーションで見えてきたもの―

勝田 吉彰
関西福祉大学

震災直後よりツイッターでトラウマケアの情報発信を行い,得られた反応を公式リツイート数を指標に分析し一般社会で求められる情報のニーズ把握を行った.「急性期反応への寄添い」「サバイバーズギルト」「グリーフケア」「子ども・障がい者」へ高い関心が向けられたのに対し「アルコール」「性」「怒り」への関心は低下した.「当事者・周囲への働きかけ」に対し「自分自身への対処法」の関心は低く,また,まとまった大量の情報を提示しても関心は示されないなど,リスクコミュニケーションへの留意点が浮かび上がった.さらに時期的には震災発生後第1~3週までは高い関心が持続したが第4週以降は関心が低下したことから,いかに早く発信態勢を立ち上げ,この期間内に知識を普及させるかが勝負になると思われた.

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