第10巻第2号(2013年2月発行)抄録集

公開日 2013年02月01日

巻頭言

 先日ネット上で,ジャーナリストで作家の相場英雄氏のコラムを拝読した.「“過熱報道”を避けるために,封印していたネタを公開する」という題名に気を惹かれたからである.
 相場氏は,一昨年の春,東日本大震災の取材をする中で,“心温まるニュース”になりそうな情報を入手されたが,メディア・スクラムという耳慣れない用語が紹介されていた.メディア・スクラムとは,社会の関心が高い事件・事故が起こったときに,記者が多数押しかけて,当事者やその周囲を困惑させていた,とも書かれていた.
 これを読んで,中越地震のときに,「こころのケアチーム」の診療現場を強引に取材しようとした記者のことを思い出したが,事件となるとさらに報道は過熱する.
 一昨年,和歌山カレー事件について,当時,保健所の職員であった山本耕平氏のご講演を聴く機会に恵まれたが,地域住民や保健所職員は,過剰な取材により多大なストレスを受けていた.また,秋田県藤里町児童殺害事件における心のケアの報告書を読むと,メディア・スクラムによる住民の二次被害が深刻であったことが分かる.
 これだけの影響がありながら,行き過ぎた報道による地域住民への被害は,これまであまり議論されてこなかったように思う.しかし,CRT(Crisis Response Team)の重要な役割が,報道対応のサポートであることから分かるように,事件・事故・災害時の心のケアを考える上で,メディアとの関係は避けて通ることができない.昨今は,ネットを介して混乱が急速に拡大するため,なおさら重要である.
 相場氏はコラムの中で,被災者に寄り添って素晴らしい取材をしたカメラマンのことにも触れている.真摯な態度で取材をする記者が少なくないことも確かであろう.人間の心に報道が与える影響について,心のケア関係者とメディア関係者が,率直に話し合えるとよいと思う.

2013年1月
新潟市こころの健康センター
福島 昇

【特集 トラウマとアセスメント―さまざまな場面における評価】

特集にあたって

田辺 肇

 多くの人々が同時期に惨禍に見舞われ,その利用可能な諸資源の虧失を経験した大災害への対応には,それに特異の点が多くあるだろう.その知見の共有が強く求められているところである.実際,災害への対応に従事する人々から,さまざまな問が投げかけられており,それらに応えることは学会として重要な役割といえる.特に,初期対応の相を過ぎ,腰を据えた支援が望まれ,そして展開されつつある今,改めてアセスメントについて問われることが増えているように思われる.すなわち,一方でアセスメントやスクリーニングに関してさまざまな質問が寄せられていると同時に,また一方で,災害時のアセスメントやスクリーニングの行い方についての問題が指摘されてきてもいる.
 また,トラウマとその周辺に関連する尺度はさまざまあり,紹介されてきているものの,現場においてそれらをどのように用い,それをどのように評価や介入に結びつけるのか,どのようにフィードバックすればいいのか等については,個々の経験・流儀に委ねられているのが現状だろう.そこで,改めてアセスメントのあり方を議論する機会が必要ではないかと考え,本特集を企画することとなった.
 特に,実践現場では臨床の実際に即して,多様な手法が併用され,統合されてアセスメントやスクリーニングがなされている.その際の工夫や配慮など,現場に則した生きた知識の共有が求められているという面も無視できない.そこで,さまざまな現場における“アセスメント”の実際について,いわゆる臨床の知ともいうべき具体的な工夫や留意点の紹介を執筆者にはお願いした.日々臨床・支援に奔走する執筆者の方々に短期間で編集の意図にお応え頂くことは困難であるのはある程度予想された事態ではある.残念ながらご寄稿をご辞退された先生もあった.その中でも,特集の意図が一定程度実現できたのではないかと思う.
 亀岡智美「子どものトラウマとアセスメント」は子どものトラウマを巡るアセスメントの基本事項について,国際的な標準に沿ってバランス良く整理された論文で,臨床場面での工夫や配慮についても簡明かつ具体的に言及されている.野坂祐子「心理相談におけるアセスメント」は心理相談を中心に幅広い支援活動の文脈を想定したものと思われる“アセスメント”についての実践家の姿勢と留意事項を,多様な事例を視野に入れつつも具体的に論じている.岩井圭司「災害被災者に対する調査とスクリーニング」は被災者に対する調査と検診スクリーニングについて,有用な尺度を紹介するとともにその倫理的課題にも触れたもので多くの関係者に参考となるだろう.金吉晴「成人PTSD患者の評価」はPTSDを中心に成人のトラウマを巡るアセスメントの基本事項について,最新の動向も踏まえ臨床上の留意事項が簡明に整理された論文である.
 もちろんそこに“明快な正解”を見出すことはできない.できないからこそ質問であれ,指摘であれ,さまざまな問が投げかけられ,時として“明快な正解”が求められもするのだろう.標準をマニュアル的に呈示することは困難だろうし,また,状況に応じた臨機な対応には知見や見解のマニュアル作成的な活用はかえって有害でもあるかも知れない.とはいえ,適切な実践が,臨機に,実施されるためにも,留意すべき観点について,多くの関係者が共有していくことは有益だろう.今回の特集は,また,一つのきっかけであり,引きつづき継続的な試みとして,別の機会の得られることが期待され,予定されている.


子どものトラウマとアセスメント

亀岡 智美
兵庫県こころのケアセンター

子どものトラウマを適切にアセスメントすることは,その後の治療方針を立てる上で必要不可欠なものである.子どものアセスメントは,子どもが安心できる環境で実施し,次のような点に留意することが必要である.すなわち,①トラウマの重篤度とタイプの評価 ②複合的な障害の評価 ③子どもの行動評価 ④家族の評価 ⑤機能状態 ⑥年齢と発達段階による差異 ⑦危険因子と保護因子,などである.欧米のガイドラインでは,信頼性・妥当性が検証されたさまざまな評価尺度が紹介されているが,実際の使用にあたっては,個別的な配慮が必要である.また,臨床家によるアセスメントの際には,事前に十分な心理教育を実施し,個々の子どもに応じた具体的な質問をすることが推奨されている.


心理相談におけるアセスメント

野坂 祐子
大阪教育大学学校危機メンタルサポートセンター

臨床心理におけるアセスメントとは,クライエントの理解と援助の見通しを立てるために行う心理学的評価である.主に,観察法,面接法,心理検査を用いながら,クライエントの包括的な理解と援助に対する方策を立てる.観察法では,クライエントの服装や表情,行動等から心理的な状態を判断するが,とくに面接中の解離やフラッシュバック等の症状に注目する.症状の引き金や状況を評価しながら,適切な介入を行う必要がある.面接法では,面接初期にトラウマの概要を聴き,心理教育を行いながら聞き取りを行う.食事や睡眠等の生活状況はできるだけ具体的に確認する.心理検査の実施においても,面接時と同様,心理教育を行うことが有益である.トラウマ症状を測る尺度等を用いる際は,質問項目がリマインダーになる可能性が高いため,事前の説明から実施後に至るまで細やかな配慮をすることが求められる.


災害被災者に対する調査研究とスクリーニング

岩井 圭司
兵庫教育大学大学院 人間発達教育専攻

災害被災者を対象として,外傷性ストレス関連病態のスクリーニングと調査研究を実施するにあたり留意すべき点と,具体的な方法について述べた.災害被災者を対象とする際には,さまざまな倫理的配慮が必要となる.また,目的と対象集団の特性にあわせて,外傷性ストレスの測定尺度,たとえばIES-R やSQD,PDS,PTSS-10,PK などから適切なものを選び,必要に応じて他の尺度と組み合わせて調査票を構成する必要がある.


成人PTSD 患者の評価

金  吉晴
国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 成人精神保健研究部 災害時こころの情報支援センター

成人PTSD 患者の評価に当たっては受診相談にいたった経路とその理由を確認するとともに自分の治療,支援がこれまで患者が受けてきた治療,支援の延長上にどのように位置づけられるのかを明確にする必要がある.DSM-5 の草稿の元になった研究成果によれば,出来事基準は「『死亡,重症を負うこと,性的被害』についての実際の被害と差し迫った脅威」と限定され,侵入症状も単に被害のことを考えることではなくフラッシュバックと悪夢が典型症状とされており,これによって今後の症状評価が明確になろう.併存疾患との鑑別,治療適応の評価は重要である.トラウマ体験が明らかな場合の問診方法は通常の教育には取り入れられていないので,標準トラウマ面接が参考となろう.


【原 著】Delphi 法を用いた災害支援者のストレス対応ガイドラインの作成に向けて

成澤 知美*1,2・鈴木友理子*1・深澤 舞子*1・中島 聡美*1・金  吉晴*1
*1(独)国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所
*2大阪大学大学院人間科学研究科

背景と目的:災害支援者が抱えるストレスにより,PTSD や大うつ病などの精神的・心理的問題やバーンアウトが生じることが報告されているが,対応策については十分に検討されていない.本研究は,Delphi 法を用いて災害精神保健支援経験者の意見を集約し,災害時精神保健活動のガイドラインを作成することを目的とした研究の一部であり,そのうちの災害支援者のストレスへの対応策に焦点を当てた. 方法:文献の検討や専門家によるフォーカスグループ等の意見をふまえ,災害支援者のストレスに関する計11 項目を作成し,災害精神保健支援経験者97 名に示してDelphi 法を施行した. 結果:全3回の調査の結果,提示した全項目に合意が得られた. 考察:災害時の精神保健活動について現場を熟知する経験者による合意形成がなされ,支援者支援のためには,平常時の準備,休養の実施方法の確立といった組織対応が重要と考えられた.これらについて,今後のガイドラインへの集約が望まれる.


 【総 説】災害とアルコール関連問題

松下 幸生・樋口  進
独立行政法人国立病院機構 久里浜医療センター

災害が及ぼす被災者の飲酒行動の変化やアルコール関連問題の発生について過去の文献を中心にまとめて紹介した.災害は被災地での飲酒を増やす傾向にあること,災害前のアルコール関連問題が災害によって再発したり悪化したりすることについては研究結果が概ね一致しているが,災害が新たなアルコール関連問題を発生させることについて結果は一致していない. 筆者の所属する施設が行った1年間にわたる被災地のメンタルヘルスケア活動を通してみたところでは東日本大震災後,時間を経るにつれてアルコール関連問題は増加する傾向が観察された.災害時には過去のアルコール使用障害の有無をスクリーニングして介入したりすることで問題の発生や悪化の予防につながる可能性があるが,わが国での災害とアルコール関連問題の調査は情報の蓄積が限られており,災害とアルコール関連問題をターゲットとした系統的な調査が望まれる.

このページの
先頭へ戻る