第11巻第1号(2013年6月発行)抄録集

公開日 2013年06月30日

【特集 トラウマ臨床の困難と工夫】

子どものトラウマケアと認知行動療法

元村 直靖
大阪医科大学看護学部精神医学

子どものトラウマ診療がうまくいった例とそうでない例を提示し,主に認知行動療法の立場からトラウマ関連の障害の治療について論じた.まず,交通事故の結果,車恐怖と部分PTSD を呈した子どもの症例には親に対する心理教育とエクスポージャーが有効であった.次に,頭部外傷とPTSD が合併した18 歳の症例にPE 療法を行ったところ,PTSD 症状の軽減が見られたが,さらに認知リハビリテーションが必要であった.このことから,頭部外傷のリハビリテーションには,同時に心的外傷のケアも必要であることがわかる.第3例は小児期の虐待例であり,複雑性PTSD と診断され,PE 療法を行ったが,治療からは脱落した.第4例は全生活史健忘を呈した例だが,トラウマケアとともに薬物催眠の可能性も示唆された.最後に,子どもの複雑性悲嘆とPTSD の合併例に心理教育を行い一定の効果がみられたが,今後はこのような症例には,TF-CBT がより有用である可能性が示唆された.


外傷的体験が背景にあるクライエントへの心理的援助の工夫

大山みち子
武蔵野大学
広尾心理臨床相談室

外傷的体験がある事例を挙げ,困難さの特徴と対応の工夫を紹介した.自分の葛藤に直面し打ち明けることが困難で,中断につながる.心を豊かにする象徴やイメージが損なわれやすい.外傷的体験は世代間で継承され,他の外傷的体験の意味づけに関係する.コミュニティや家庭内の事件では,互いに傷つけあう傾向が起こりやすく,二次被害や家庭内の暴力につながる.援助者は,ほかの社会的な問題なども解決すべきと思い込むことがあり,心理的援助の目標としては不適切である.多職種での事例検討は,多面的に検討でき重要である.ひとりのセラピストが長期に担当することができなくても,クライエントの心の状態や支援の環境に合わせて,できる範囲で援助することは意義がある.心理療法では,事件以外の話題にも留意し,クライエントには不合理な気持ちや人に言えない気持ちがあり得ることを前提にし,ことばの齟齬を防ぐため確認しあう態度が重要である.


心理相談室におけるトラウマ臨床の困難と介入

吉田 博美*1・市原わかゆ*1・澁谷美穂子*1・野口 普子*1,2・小西 聖子*3
*1武蔵野大学心理臨床センター
*2国立精神・神経医療研究センター トランスレーショナル・メディカルセンター
*3武蔵野大学

小論では,トラウマの心理臨床経験が15 年未満の臨床心理士が心理相談室で困難と感じるトラウマ事例について,困難となるポイントとその克服への工夫を4事例を挙げて示した.外傷後ストレス障害に特化した認知行動療法などは確かに有効な治療法だが,現実のトラウマの心理臨床で,マニュアル通りの心理療法が初めから使えることは少ない.また,それらは,専門家として使用できるとよい道具の1つであって,実際には長期化しやすいトラウマ臨床では,安全かつ効果的に行える状況設定やトラウマ記憶を扱うタイミングの見極め,恒常性を保つことの限界など,広い視野に立ったクライエントの問題の理解,治療関係の安定などに,治療上の困難と工夫があると筆者らは考えている.全体像を見失うような臨床を行わないことは当たり前のことだが,残念なことにトラウマにかかわる臨床領域では,そういう失敗が起こりやすい.拙稿では教科書的なトラウマ特異的な治療だけを取り上げることはせず,バランスの良い臨床が必要であることを指摘した.


ソーシャルワークと協同的関係性 ―語ら/れない当事者に学びつつ―

山本 耕平
立命館大学 産業社会学部

本稿は,語ら/れない当事者が,自己の人生を築きあげる主体として豊かに発達する過程で,ソーシャルワークが,いかなる役割を果たすべきかを考察したものである.ここで取り上げたAさんは,思春期に同性の同級生から性的ないたずらを受け,その後,不登校からひきこもりとなった. 筆者は,自身の了解しがたい思いを,他者であるソーシャルワーカーに語り,自身の人生を築いていく作業は管理的であってはならないと考える.その作業は,当事者とソーシャルワーカーがともに人生を紡ぐ関係性に裏付けられたものでなくてはならない.筆者は,その関係性を協同的関係性と捉えている.本稿では,筆者が捉える協同的関係性をやまだようこの喪失から生成へのプロセスの理論と関わらせて捉え,ソーシャルワーク臨床の哲学と方法を考察する. その方法として,当事者が,その生きづらさを克服するために不可欠なのは他者が必要であり,同様の課題と向き合う他者(仲間)とともに主体的に自己の課題に向き合う集団が必要である.その集団は,必ずしも,横の関係のセルフヘルプを用意するだけでこと足りるものではない.同様の課題を持つ当事者と社会参加への挑戦を始めた先輩,同年代の職員や異年齢の職員が,一人ひとりの生活を追求しつつ,互いに影響しあう条件をもつ関係,いわゆる“ナナメの関係”が,ソーシャルワーク過程で用意される必要がある.


 トラウマ臨床とソーシャルワーク

大岡 由佳*1・前田 正治*2・丸岡 隆之*3・髙松 真理*4
*1武庫川女子大学心理・社会福祉学科
*2久留米大学医学部精神神経科
*3黒崎中央医院
*4久留米大学

本稿では,「トラウマ臨床の困難と工夫」について,精神科ソーシャルワーカーの視点から論じたものである.体育授業中の児童死亡事故のアウトリーチ支援事例と,監禁拷問によってPTSD に罹患した女性のトラウマケアの事例ケアの過程を紹介し,(1)チーム医療と専門職の役割の理解,(2)生活を支える制度充実に向けた声,(3)ソーシャルワーカー的発想の重要性,について言及した.トラウマケアにおいてはソーシャルワーカーの数が絶対的に不足しており,今後はトラウマ臨床の場においてもソーシャルワーカーを育成していく必要があると考えられた.


大規模災害後の外傷後ストレス障害(PTSD)の薬物療法実態調査 ―多施設間後方視調査―

重村  淳*1・前田 正治*2・大江美佐里*2,3・加藤  寛*4・亀岡 智美*4・藤井 千太*4・松本 和紀*5・佐久間 篤*6,7・上田 一気*6・矢部 博興*8・増子 博文*8・三浦  至*8・國井 泰人*8・谷知 正章*9・郡司 啓文*10・中野 友子*11・白潟 光男*12・児玉 芳夫*13・脇園 知宣*14・丹羽 真一*8
*1防衛医科大学校精神科学講座
*2久留米大学医学部神経精神医学講座
*3久留米大学健康・スポーツ科学センター
*4兵庫県こころのケアセンター
*5東北大学大学院医学系研究科予防精神医学寄付講座
*6東北大学大学院医学系研究科精神神経学分野
*7こころのクリニック みどりの風
*8福島県立医科大学神経精神医学講座
*9自衛隊札幌病院精神科
*10財団法人 桜ヶ丘病院
*11自衛隊三沢病院精神科
*12医療法人稔聖会 こおりやまほっとクリニック
*13所沢メンタルクリニック
*14自衛隊中央病院精神科(元自衛隊仙台病院精神科)

精神科臨床現場における外傷後ストレス障害(PTSD)に対する薬物療法の現状を明らかにすることを目的とし,国内の計12 施設において,PTSD の治療実態調査を実施した.調査対象は2011 年6月から2012 年5月の12 カ月間に調査参加施設においてDSM-Ⅳ-TR に従って新たにPTSD と診断され,薬物療法が行われたすべての患者とした. 調査対象者数は総計58 例であり,うち29 例が震災関連のトラウマ,残り29 例が震災以外のトラウマに起因するPTSD 患者であった. 初回治療に使用された薬剤はSSRI が最も多く,65.5%の患者に第一選択薬として使用されており,その治療効果は,「中等度改善」以上と評価された患者の割合が,SSRI 使用例で60.5%(23/38 例),SSRI 非使用例では35.0%(7/20 例)であり,PTSD に対する薬物療法としてはSSRI の効果が最も高かった.大規模自然災害の被災が原因となって発症したPTSD と性的暴力や交通事故などの原因により発症したPTSD では,薬物の治療効果に関して差は認められなかった.本邦でのPTSD 患者に対する薬物療法は,大規模自然災害での発症例,それ以外の発症例のいずれにおいても,国際的なエビデンスに基づく治療ガイドラインやアルゴリズムにおけるPTSD の薬物療法指針に一致するものだった.


震災後精神症状の脆弱性・獲得因子の神経基盤の解明

関口 敦*1,2・杉浦 元亮*2,3・事崎 由佳*4・佐久間 篤*2,5・瀧 靖之*1,6・川島 隆太*2,4,6
*1東北大学 東北メディカル・メガバンク機構 地域医療支援部門 脳画像解析医学分野
*2東北大学 加齢医学研究所 脳機能開発研究分野
*3東北大学 災害科学国際研究所 災害情報認知研究分野
*4東北大学 加齢医学研究所 スマートエイジング国際共同研究センター 応用脳科学研究分野
*5東北大学 大学院医学系研究科 精神神経学分野
*6東北大学 加齢医学研究所 認知機能発達寄附研究部門

災害ストレスに起因する精神症状と脳形態変化について多数報告はあるが,災害ストレス暴露後の横断研究が主であり,災害後精神症状の脆弱性/獲得因子としての脳形態変化は未解明であった.本稿では,我々が発表した脳形態変化と震災後精神症状の因果関係を解明した最新の研究を紹介し,複数の脳画像データが示唆する生物学的背景について文献的考察を加え,今後の災害ストレスに関わる脳画像研究の方向性を探る.


虐待の加害者としての学校

泉 真由子
横浜国立大学教育人間科学部

「虐待の加害者としての学校」について.文部科学省が毎年発表する教育職員の懲戒処分等の状況に関する統計を用いてその実態の推測を試みた.懲戒処分に相当するような重度の「体罰」は小学校では授業中に,中学,高等学校では部活動中や放課後に生じていた.また自校の児童生徒を被害者とするような「わいせつ行為」は全国で年間130 件前後起こっていることが推察された.


福島県相双地区の心のケアの活動報告 ―相馬広域こころのケアセンターなごみの9カ月間の活動から―

米倉 一磨*1・佐藤 照美*1・西内 実菜*1・大谷  廉*1・河村木綿子*1・木村 文彦*1・佐藤 里美*1・佐藤 菜摘*1・須田  聡*1・羽田 雄祐*1・廣田 信幸*1・伏見 香代*1・大川 貴子*1,2・丹羽 真一*1,3
*1NPO法人 相双に新しい精神科医療保健福祉システムをつくる会 相馬広域こころのケアセンターなごみ
*2福島県立医科大学看護学部
*3福島県立医科大学 会津医療センター準備室

福島県相双地区では,東日本大震災や福島第一原子力発電所の事故によって一度は失われた精神科医療保健福祉システムを新生する目的で,NPO 法人相双に新しい精神科医療保健福祉システムをつくる会が設立された.相馬広域こころのケアセンターなごみを拠点とし,被災者や精神障害者を多職種で支援している.これまでの9カ月の活動が示すものは,被災地の中長期支援と新しい精神科医療保健福祉を考える上で有用な指標になるものと示唆される.

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