第12巻第2号(2014年12月発行)抄録集

公開日 2015年04月14日

巻頭言

 受刑者たちの「正義感」は存外に強い.先日もある受刑者が,「目の不自由な女子高生がぶつかった男性に蹴られて怪我をした」という記事を読み,「弱い者イジメするなんて!」と憤慨していた.追報で,その加害男性には知的障がいがあって書類送検で終わるだろうとあり,筆者は「なるほど」と納得したが,「知的障がいがあったら罰が軽くなるなんておかしい」とまだ憤っていた.受刑者だけではなく,人間は自分のことは棚にあげられるものなのだと思う.
 刑務所内のグループ教育で性犯罪被害者のVTRを見せると,中には反発を示す人もいるが,多くは「こんなに心の傷を負わせてしまった」,「申し訳ない」と殊勝な態度を示す.しかし,「ではどうするか? 何ができるか?」と問われると,「そっとしておく方がよい」,「普通に『接してあげる』」などという意見が出る.そのうち怒り出して,職員や弱いメンバーにその矛先が向いたり,「被害者が悪いと思っていたが,自分にも非があった.教育のおかげだ」といった「俺たち頑張っているよね」という自己憐憫にすり替わっていったりする.強い恥の意識と無力感がそうさせるのだと理解はするが,目的地ははるか遠いというか,どっちに行けばよいのか見えさえしない感がある.
 被害者の状況や心情について情報を与えることは必須だ.ただし,それだけでは進展しない.それ以上に,「境界線」について教え,破られた体験,破った体験,愛情と信頼と尊敬を示した体験,示された体験,そうした個人的体験を振り返り味わい,分かち合うことができるようになることが,遠回りに見えて目的地に近づくことになると考えている.その作業を行うためには,安心・安全な場と関係性が不可欠であるが,そこが最も難しい.言葉にしがたい体験を改めて体験し,それでも言葉にして,受け止められ,受け止めていく.自分がするが,自分一人ではできないことであり,効率的な速習はあり得ないのだと思う.

2014年10月
大阪大学大学院
藤岡 淳子

【特集 阪神・淡路大震災20 年】

特集にあたって

加藤 寛

 阪神・淡路大震災から5年が経過した20世紀の最後の年2000年に,神戸では復興が順調に進んでいることをアピールするために,「ありがとう神戸」というキャンペーンが行われていた.街には震災を思い起こさせるものは,空き地と慰霊碑以外はほとんど見受けられず,仮設住宅が完全に解消された時期だったので,役所としては一区切りをつけたかったのであろう.しかし,復興住宅に移り住んだ被災者が「ここは誰も訪ねてくれないので,寂しくてたまらない」「こんな暮らしなら仮設住宅の方がましだった」などと嘆いていたのをよく耳にしていたので,大きな違和感を感じていた.震災の心理的影響は,時間が経つにつれて曖昧になり,生活の激変から生じる二次的ストレスの影響が前景に立つ.しかし,よくよく聞いてみると,直接的な体験の影響を引きずっている被災者は,少なくなかった.本特集では,加藤が臨床経験をとおして,内海らは15年後の遺族調査結果から,被災者のトラウマ反応と悲嘆の長期的影響について報告した.
 阪神・淡路大震災後には,さまざまな分野で被災者救援や支援体制が整備され,その後の災害や大事故後の対応に活かされてきた.災害医療を担うDMATの組織化,ボランティア活動の活性化,自治体の防災計画の見直しなど,めざましい進捗があった.また,メンタルヘルスの領域では,復興期における専従機関が,新潟県中越地震と東日本大震災で作られたし,急性期の活動をよりシステマティックにするために,DPAT(災害派遣精神科医療チーム)が,東日本大震災を契機に,整備されようとしている.忘れてならないのは,子どもたちを支える教育関係者の活動である.本特集では,阪神・淡路大震災後に,兵庫県教育委員会が取り組んできたさまざまな事業の経過と発展について,市橋が詳細に報告している.
 東北を訪れると,宮城や岩手の沿岸部では,大規模なかさ上げ工事が行われているが,復興住宅が完成し仮設住宅が解消されるのは,平成30年だという.人口減少と高齢化が進む地域で,人々の生活がどのように復興し,心理的な回復が進んでいくのか,われわれは関心を持ち続けなければならない.そして,原発事故のために,災害直後のような絶望と無力感,そしていわれなきスティグマに,いまだに苦しんでいる福島の人々に対して,どのような支援を行い続けるべきなのか,問い続けなければならない.災害のもたらす長期的影響を見つめ理解するために,本特集が役立つことを願うものである.


阪神・淡路大震災により死別を経験した遺族の状況─15年目の調査結果より─

内海千種*1,2・宮井宏之*3・加藤 寛*2
*1 徳島大学大学院ソシオ・アーツ・アンド・サイエンス研究部  *1兵庫県こころのケアセンター *3沖縄県八重山病院

阪神・淡路大震災による死別が,遺族に及ぼす長期的影響について検討するため,質問紙調査を行った.震災から15年目にあたる2009年11月から郵送により調査協力を行ったところ,93名から有効回答がえられた.PTSD症状,悲嘆反応,抑うつ症状,QOLの状態から,総合的に遺族の状況を検討した結果,心理的影響が強くQOLが低下している群と重篤度が低くQOLの低下が認められない群とに二分された.心理的影響が強い群の方が,被災時や死別時に無力感や茫然自失感を感じ,調査時点でも震災の影響があるという回答の割合が高かった.本調査の結果より,被災時や死別時の心理的状態が長期的な精神健康に関連している可能性が示唆された.また,長期的かつ複合的に心理的影響の残る場合があることを踏まえた支援体制作りが必要である.


PTSD症状の増悪と再燃:東日本大震災が阪神・淡路大震災被災者に及ぼした影響

加藤 寛
兵庫県こころのケアセンター

大災害後の疫学研究やスクリーニング調査では,心的外傷後ストレス障害(PTSD)の可能性がある被災者の割合は,かなり高いことが示される一方で,実際の地域保健活動や,診療の場面では,PTSD症状を訴える被災者に遭遇する機会はあまり多くないことが,知られている.この乖離が意味するのは,災害後にPTSD症状を持ったとしても,多くの被災者は相談や診療を受けることなく,自然寛解するか慢性化するか,いずれかの経過に身を委ねるということである.本稿では,筆者が診療場面で遭遇した阪神・淡路大震災被災者で,長い期間,相談や治療を受けてこなかった者が,東日本大震災の直接的経験や報道がきっかけとなって,症状が顕在化,あるいは増悪した症例を提示し,長期的経過と受療行動について検討した.示唆された.また,長期的かつ複合的に心理的影響の残る場合があることを踏まえた支援体制作りが必要である.


阪神・淡路大震災後の教育現場での心のケアの取り組み─教員の視点から─

市橋真奈美
関西福祉大学 発達教育学部

阪神・淡路大震災後の教育現場での心のケアに関する兵庫県における取り組みの概要について,特に教育行政・教員の視点から報告した.また,兵庫県教育委員会の研究・研修機関である「心の教育総合センター」での経験等から,「教育」本来の機能を生かした心のケアの取り組みについて紹介するとともに,これまでの取り組みの成果を踏まえた教員との連携の視点として,心のケアの必要性の基準の提示および長期にわたる心のケアの必要性の啓発,教員と児童生徒とのつながりや関係性の重視の3点を指摘した.


【原著】

インベストメント・モデルの基礎的検証―親密なパートナーからの暴力関係を終結するか継続するかの意志決定の側面から―

土岐祥子*1・藤森和美*2
*1 武蔵野大学大学院人間社会研究科  *2武蔵野大学

親密なパートナーからの暴力(IPV)関係を終結するか継続するかの決定に関する説明モデルのうち,海外の研究で実証的に支持されているインベストメント・モデルがあるが,まだ日本のIPV関係では証明されていない.そこで当該モデルが日本人のIPV関係にも適用されうるか否かの基礎的検証として,男女大学生268名を対象にIPVの架空事例および日本語訳したInvestment Model Scaleを使って,インベストメント・モデルを検証した.相関分析ならびに重回帰分析の結果,女子大学生については,「パートナーとの関係への満足度が高く,パートナーとの関係の代替策の質が低く,パートナーとの関係に対する投資の程度が高いと認識している人は,パートナーとの関係へのコミットメントが高い」というインベストメント・モデルの想定する仮説は支持され,当該モデルの構成概念妥当性が認められた.今後は,日本のIPV被害者を対象として実際のIPV関係に対して,インベストメント・モデルの検証を進める.


【総説】

人災・自然災害の長期的な影響に関するレビュー

藤井千太*1・大江美佐里*2.3・前田正治*1  
*1 福島県立医科大学医学部  *2 久留米大学保健管理室  *3 久留米大学医学部

本稿では,人為的災害の中でも,原発事故が含まれる産業施設災害と,船舶,航空機などの事故が含まれる輸送災害について,長期追跡調査が行われているものを取り上げて報告した.その長期経過には,事故との近接性や経済的要因などの関与が示され,特に配慮が必要な集団として,未成年とその親,職業として救援にあたる者が挙げられた.自然災害では,それら技術的災害と比較して被災後PTSDの有病率はしばしば低いことが示されていたが,発症例では3~4割が寛解せず,慢性的に経過していることも示されていた.その長期経過には,被災前のソーシャルサポート,家屋の損壊,転居がもたらす二次的な影響などの関与も示唆され,子どもの場合は親の精神病理の影響や,さらに長期的には他の外傷体験の影響も考慮することの必要性が指摘されていた.

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