第14巻第2号(2016年12月発行)抄録集

公開日 2017年03月07日

巻頭言

 Foaは,PTSDの治療において,独自の情動処理理論を展開し,トラウマ体験によって作られた病的な恐怖構造(トラウマ体験と関連するさまざまなことがらに恐怖感を持ってしまう)を修正する(情動処理する)ためには,恐怖記憶が十分に活性化され,またその中で馴化が起こっていくような方法が必要であること述べ,持続エクスポージャー療法(Prolonged Exposure Therapy:PE)を作り上げていった.
 CohenやDeblingerは,トラウマを抱えた子どもの治療として,トラウマフォーカスト認知行動療法(Trauma-focused CBT:TF-CBT)を作ったが,子どもがトラウマ体験を語るセッションより前に,子どもがトラウマ体験をその時の感情や考えなどもうまく組み入れながら話せるように準備段階のセッションを持ち,エンパワーメントさせてから,トラウマナラティブを行うようにした.PEと同様にTF-CBTも,もちろん回避しているトラウマ体験の再現を心掛けているが,馴化の要素はPEほど強くなく,その後の認知処理に力を入れている.
 Schauerは,複雑性PTSDを治療するために,ナラティブ・エクスポージャー療法(Narrative Exposure Therapy:NET)を作成したが,それぞれのトラウマ体験に対するPEの要素だけでなく,時系列に沿った自伝的記憶にそれらも入れ込んで再構成するところに違いがある.
 このように主要なPTSDのエクスポージャー療法を挙げてみた.上記2つに関しては,国際的にエビデンスも十分あり,とても効果的だが,まだまだ現在の日本の臨床事情に合いにくいためか,広まっていない.トラウマを抱えている人(子ども)に,そのトラウマ体験を語ってもらうことは,もちろん苦痛を伴う部分でもあるが,記憶が整理されることで,時より襲われる混乱状態から脱却することができ,自己コントロール感も確保できる.また周囲の人にとっても何で悩んでいたのか,どのようなサポートが必要か明確になるというメリットがある.
 もちろん,トラウマを抱えている人(子ども)全てが対象ではない.適応をアセスメントするうえでも,セラピストがまず,トラウマについてよく理解をしておく必要がある.たとえばトラウマについてさまざまな話ができ,彼ら自身のトラウマへの気付きを促せられるような心理教育も必要である.これは,小さなエクスポージャーにもなるのである.
 日本でも今後はもっと,PTSDに対するエクスポージャー療法が,注目される様になるだろう.

2016年11月
大阪教育大学
学校危機メンタルサポートセンター
岩切昌 宏

特集にあたって

重村 淳

 PTSDの治療構造には大きなジレンマがある.PTSDに特化した治療ほど,その技法を活用できる治療者は希少で,クライアントにとってはアクセスしづらい.治療の導入にあたっても,双方にとって時間と労力を要する.一方,精神科医師などによる通常の外来治療においては,限られた時間では,十分な介入ができない.もちろん,支持的精神療法などの一般的な治療法の効果を否定するわけではない.しかしながら,PTSDに特化した治療と比べて,その効果は必然的に異なってくる.このように,治療構造上に制約が大きいなか,クライアントへの支持的な対応,疾病教育,社会的支持の提供,薬物療法などを組み合わせて治療を行っているのが現状である.日本トラウマティック・ストレス学会が発刊した初期対応マニュアル2)においては,トラウマに焦点をあてたCBTの有用性を挙げる一方で,「精神科医療機関においても十分に普及していないこと,専門治療を望む患者のニーズには必ずしも応じられない課題が挙げられている.
 PTSDに対する認知療法(Cognitive Therapy:CT),認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy:CBT)のエビデンスは十分に蓄積されている.Edna Foaによって開発された持続エクスポージャー療法(Prolonged Exposure Therapy:PE)1)は,クライアントのトラウマ体験を治療場面で曝露(エクスポージャー)して情動処理を行うもので,強固なエビデンスを有している.他にも眼球運動による脱感作と再処理法(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:EMDR),認知処理療法(Cognitive Processing Therapy:CPT),トラウマフォーカスト認知行動療法(Trauma Focused Cognitive Behavior Therapy:TF-CBT)など,さまざまな亜型があり,Wattsら3)によるPTSD治療法のメタ解析では,PE・CT・EMDRそれぞれの効果が立証された.
 一方,エクスポージャーそのものがPTSDを改善するのか否かは長らく議論の対象となってきた.CPTは曝露そのものよりも認知的側面に重きを置いたものである.悲嘆症状を呈する者については,その症状や回復モデルがPTSDと異なり,認知療法モデルも異なることが指摘されてきた.
 本特集では,PTSDとエクスポージャーという観点から,日本を代表する専門家たちに寄稿頂いた.金は,PE療法の総論をまとめ,開発の歴史からはじまり,拡大する適用について詳解している.齋藤らは,PE療法の国内外での有用性を紹介し,治療法の普及や治療者の感じる困難をも取り上げている.小西らは,複雑性トラウマに対するPE療法の有用性を,豊富な臨床データをもとに示している.白井は,遺族を対象としたエクスポージャーの特徴を詳解している.日本におけるPTSD治療の集大成ともいえる内容であり,PTSDに特化した治療実践の有無を問わず,すべての専門家にとって役に立つ内容であろう.

文献

1)Foa,E.B.,Hembree,E.A.,&Rothbaum.B.O.:Prolonged Exposure Therapy for PTSD:Emotional processing of Traumatic Experiences,Therapist Guide.Oxford University Press Inc.,Oxford,2007.(金吉晴,小西聖子監訳:PTSDの持続エクスポージャー療法:トラウマ体験の情動処理のために.星和書店.東京.2009.)
2)一般社団法人日本トラウマティック・ストレス学会:PTSD初期対応マニュアル:プライマリケア医のために.トラウマティック・ストレス,11;171-175,2013.
3)Watts,B.V.,Schnurr,P.P.,Mayo,L.,et al.:Meta-analysis of the efficacy of treatments for posttraumatic stress disorder.J.Clin.Psychiatry,74;e541-e550,2013.


 

持続エクスポージャー療法とPTSD臨床

執筆者 金 吉晴

持続エクスポージャー療法(PE)は開発者のマニュアルに厳密に準拠して進めることが求められていると同時に,さまざまな状況にある患者に対してさまざまに工夫されながら,その応用可能性が検討されてきた.エクスポージャーという技法が強調されているが,その基礎となる感情処理理論においては,恐怖刺激,反応,思考などのさまざまな要素が不適切に関連づけれた認知構造(恐怖構造)が想定されており,その適正化のためにはエクスポージャーにおける感情面での馴化などの治療要素が恐怖構造の文脈の中に適切に位置づけられる必要がある.PEは薬物療法に反応しないPTSDへの効果も示唆されており,また児童,青年,複雑性PTSD,悲嘆などに応用され,さまざまな臨床場面で用いられている.PEを通じて回復への道筋を理解することは,一般的なトラウマ治療,支援にとっても有意義であると考えられる.


 

 PTSDのための持続エクスポージャー療法/PE療法―我が国における効果研究と普及

執筆者 齋藤    梓・鶴田   信子・飛鳥井 望

心的外傷後ストレス障害に対する持続エクスポージャー法/PE療法の効果については,すでに知られているところである.海外では,全米アカデミーズ医学院の「PTSD治療の効果評価」委員会報告11)により効果が認められ,日本においてもAsukaiら2)のランダム化対照比較試験において有効性が認められた.しかし,未だ日本では,実践現場で普及が進んでいるとは言い難い現状である.そこで本稿では,海外および日本において治療エビデンスを示した研究を紹介するとともに,PE療法の習得システムおよび実施上の留意点について述べた.PE療法の普及に際しては,正式な習得過程を経た上で,実施機関の理解,適切なケース選定,イメージ曝露中のエンゲージメントの調整といった点に注意を払う必要があると考えられた.


 

悲嘆に焦点化した心理療法におけるエクスポージャー

執筆者 白井 明美

本稿では,DSM-5に新たに導入された持続性複雑死別障害の概略について述べ,つぎに遺族を対象としたエクスポージャーを用いた認知行動療法を事例とともに概説した.これらの技法では,PE療法の目指す外傷体験の修正と再学習という目的とは異なる.つまり,遺族の中心課題が恐怖や脅威を伴う体験ではなく,死や故人への思慕であることから,遺族のエクスポージャーは死の事実を理解し,故人に対する非機能的な思考に気づき,その修正を図る上で役立つといえる.今後,犯罪や災害,自死遺族のように複雑性悲嘆とPTSDを併発する場合に,死や外傷に関連する認知がどのように変容するかについて縦断的なプロセスの分析を行うことや,国内での遺族に特化した心理療法について無作為化によるエビデンスの集積が望まれる.


 

ナラティヴ・エクスポージャー・セラピーの効果に関する文献展望

執筆者 道免 逸子・森 茂起

Narrative Exposure Therapy(以下NET)は,戦争・武力紛争など組織的暴力によるPTSDを対象に開発された認知行動療法である.曝露療法と証言療法を組み合わせたNETは特に複雑性PTSD治療に有効とされ,海外では主に難民を対象にエビデンスが蓄積されている.しかしわが国ではまだ幅広い導入には至っていないため,NETの先行研究をまとめて紹介し,その効果,特に市民生活由来のPTSD治療に対する効果を検討することを目的に文献展望を行った.市民生活由来のPTSDへのNETの効果の文献はまだ少ないが,PTSD症状の著しい軽減,罪悪感・解離症状・BPD症状・身体化症状の軽減が報告されていた.うつへの効果は,あるとするものと明らかでないとするものがあった.NETはわが国でもPTSDの有望な治療法となりえるが,導入の促進には,適応範囲の慎重な検討と,効果の厳密な検証の積み重ねが必要である.


 

東日本大震災で遺体捜索に従事した陸上自衛隊員が精神的健康を維持した過程の検討

執筆者 前野 良和

東日本大震災で遺体捜索に従事した陸上自衛隊員が,精神的健康を維持した過程を肯定的側面から明らかにすることを目的に,該当者11名に面接調査を行い,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチで分析した.結果,培ってきた備え,実働で得られるやりがい,世間からの評価,家族の存在という要因とその過程が抽出され,隊員の精神的健康に,仲間,被災者,世間,家族といった他者とのつながりが必要であったことが考察された.

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