第15巻第2号(2017年12月発行)抄録集

公開日 2018年02月27日

巻頭言

 現在,わが国では,ナショナル・レジリエンス(国土強靭化計画)が進行中である.2011年の東日本大震災による甚大な被害のあと,今後予想されている,南海トラフ地震や首都直下地震への対策が見直された.それに伴って2013年に成立した「強くしなやかな国民生活の実現を図るための防災・減災などに資する国土強靭化基本法」に基づく計画である.この計画は,人命保護・国家や社会の重要な機能の維持・国民財産や公共施設の被害の最小化・迅速な復旧復興などの基本目標に照らして,災害が起きる前からリスクの分析をし,脆弱性を特定して,必要な対策を優先順位の高いものから実施し,国土の強靭化を推進するというものである.すなわち,従来の,災害が起きた後にどう対応するかという視点にたった防災の考え方ではなく,平時から被害を軽減するために,インフラだけではなくソフト面の対策もあわせて,災害への事前対応能力を高めていこうとする考え方が基本となっている.
 それにしても,強靭化という用語に「レジリエンス」という英語訳を当てるというのはかなり大胆だ.なるほど,「靭」とは「しなやかで強い」という意味であるから,元の形に戻ろうとする力(復元力)を意味するレジリエンスと重なる部分はあるかもしれない.しかし,「強靭」となると,どうしても,阪神・淡路大震災で1,000人弱の死者を出した神戸市長田区に現在設置されている,「鉄人28号」のモニュメントが発するような「強さ」をイメージしてしまうのだ.
 だが,たぶん,ナショナル・レジリエンスの真の狙いは,「レジリエンス」の本来の意味を実現することなのだろう.災害対策の専門家によると,大災害時の基本的な考え方は,「復旧戦略」ではなく「代替戦略」なのだそうだ.国難クラスの巨大災害が起きた場合は,全国規模でわが国の持てる力全体を集結し,弾力的に「日本継続」を目指す必要があるというのだ(大木健一,HATコラム).この理念は,逆境的な環境におかれた人が,何とかその状況に適応し,その人の持てるあらゆるスキルや資源を使って生き延びようとする,メンタルヘルス領域のレジリエンスの概念に通じるものであると思う.

2017年9月
兵庫県こころのケアセンター
亀岡 智美

【特集 メ ンタルヘルスとレジリエンスの先端研究:最新の動向】

特集にあたって

重村 淳

 トラウマティック・ストレス研究の歴史は,軍事精神医学の歴史でもある.戦争神経症,外傷神経症などの疾病概念に関する議論2)をはじめ,米軍ベトナム戦争帰還兵における「ベトナム戦争後症候群」4)の補償研究がDSM-ⅢにおけるPTSDの提唱(1980年)につながった.1991年の湾岸戦争帰還兵が心身の不定愁訴を訴え,その症状群がGulf War syndrome (湾岸戦争症候群)3)と呼ばれるなど,戦争が起きるたびに新たな精神医学的問題が唱えられてきた.
 2001年9月11日には米国で同時多発テロが起きた.ニューヨーク,ひいては資本主義の象徴である世界貿易センタービルに飛行機2機が相次いで突撃し,さらには国防総省とワシントンDCを狙った2機が墜落し,その様子が世界中で生放送された.その瞬間,多くの者は世界が変わってしまったと感じたであろう.実際,そのあとに続いた2001年のアフガニスタン戦争,2003年のイラク戦争,そして世界各地で続発するテロ攻撃は,西欧諸国における安全・安心を根本から変えてしまった.
 トラウマティック・ストレス研究はPTSD概念の提唱以降に萌芽し,同時多発テロとイラク・アフガン戦争を契機として爆発的に進んだ.戦争が現在進行形で進むなか,兵士を対象とした大規模疫学研究が相次いで発表され,その結果が議論され,帰還兵のメンタルヘルス対策に反映されるようになった(私事で恐縮だが,筆者はイラク戦争の開戦直後に米国軍の大学(Uniformed Services University of the Health Sciences)に研究留学し,当時の研究をリアルタイムに体感できた.2004年,Charles HogeのNew England Journal of Medicine論文1)発表と並行して部内説明会があり,現在進行形の戦争においてデータが公表される過程にただただ驚いた.)軍以外の領域においても,大規模サンプルを対象とした調査が無数に行われるようになった.PTSDのリスク要因のみならず,緩衝要因,そして外傷後成長やレジリエンスの検証など,研究の発展はとどまるところを知らない.
 本特集では,トラウマティック・ストレスおよびレジリエンスの関連要因を知る上で多数の知見が盛り込まれている.西氏は,子ども期の逆境体験の影響,レジリエンス概念の整理など,トラウマからの回復についてまとめている.小稿では,アフガニスタン・イラク戦争における米国・英国兵士の先端研究についてまとめている.畑中氏は,惨事ストレスを体験する救援者(特に消防士)のメンタルヘルス研究結果を集積し,そのリスク要因についてまとめるほか,緩衝要因については本邦のデータが不足していることも訴えている.長尾氏は,米陸軍で展開されているレジリエンス強化プログラムについて紹介している.巨額を投じて綿密・包括的に開発された一方で,エビデンスを元にした検証が進んでいなく,議論の対象となっていることも報告している.
 ここで紹介された研究および実践は大半が欧米のものである.今後,日本から更なる報告が続き,トラウマティック・ストレス研究を次のステップに進めるためのデータが蓄積されることを期待する.

文献

1)Hoge,C.W.,Castro,C.A.,Messer,S.C.,et al.:Combat duty in Iraq and Afghanistan,mental health problems,and barriers to care.New Engl.J.Med.,351:13-22,2004.
2)重村淳:戦争神経症.トラウマティック・ストレス,4:154,2006
3)重村淳:湾岸戦争症候群.トラウマティック・ストレス,5:84,2007
4)山田幸恵:ベトナム戦争後症候群.トラウマティック・ストレス,2:76,2004

トラウマティック・ストレスとレジリエンス

西  大輔・臼田謙太郎

本稿は,トラウマティック・ストレスとレジリエンスの理解を深めることを目的として,先行研究を概観した.まず子ども期の逆境体験を例にとり,トラウマティック・ストレスが心身に与える広範な影響について述べた.次にレジリエンスが多義的な概念であり,多様な意味で用いられているために,概念の理解が難しくなっている側面があると思われることを指摘し,多様な用いられ方や,首尾一貫感覚など近接概念との共通点と相違点について知ることが適切な理解の一助になるかもしれないことを述べた.そのうえで,レジリエンスを向上させうる治療法や取り組みについて紹介し,今後のレジリエンス研究の課題についても若干の考察を加えた.

アフガニスタン・イラク戦争兵士の精神医学的疫学研究

重村 淳・長峯 正典・谷知 正章・斉藤 拓・小室 葉月・内野小百合・戸田 裕之・高橋 聡美・清水 邦夫・吉野 相英

2001年のアフガニスタン戦争,2003年のイラク戦争開戦後,米国・英国において膨大な数の精神医学的疫学研究が行われた.兵士を対象とした研究は,大規模で縦断的調査が実施しやすい利点がある.戦争が続くなかでデータが公表され,派遣前・中・後の兵士のメンタルヘルス対策がエビデンスをもとに議論される事態となった.トラウマティック・ストレス研究が飛躍的に進んだ一方で,スティグマやレジリエンスなど,さらなる検証が求められる領域が残っている.

救援者のメンタルヘルス:日本の消防職員に焦点を当てて

畑中 美穂

本論文では,日本の消防職員に焦点を当て,PTSDやうつのハイリスク率,およびその関連要因を実証的に検討している研究を概観した.これまでに報告されてきたPTSDハイリスク率は0~22%であり,活動中の曝露強度,急性ストレス反応,救援活動以外のストレッサー,ソーシャル・サポートの乏しさ,組織に対する不信や不満と関連することが複数の研究において示されていた.日本の消防職員のPTSDハイリスク率は,海外の消防士や救急隊員の検討結果と類似した値であり,関連要因についても共通点が確認された.救援者のメンタルヘルスに関する海外の研究は,リスク率や関連要因の実態把握だけでなく,治療の有効性や予防のための脆弱性要因や適性の検討へと展開してきているが,日本では,治療や予防の観点に立つ実証研究が乏しく,今後の課題として指摘された.

米陸軍におけるレジリエンス施策―Comprehensive Soldier and Family Fitness(CSF2)について―

長尾 恭子・長峯 正典・重村  淳

イラク・アフガニスタンにおける作戦以降,兵士のメンタルヘルスに深刻な問題を抱える米陸軍は,兵士のレジリエンスを高める施策としてComprehensive Soldier Fitness(CSF)を2009年より開始し,2014年以降はComprehensive Soldier and Family Fitness(CSF2)として,兵士の家族や事務官も対象に加えられた.CSF2は4方向からのアプローチ(オンラインツールによる評価と学習,軍の公式教育,各部隊でのトレーニング,トレーニングセンターにおけるパフォーマンス強化トレーニング)により,関係者全員がレジリエンス・パフォーマンススキルを高められるよう構成されている.一方,CSF2の有効性に関するエビデンスは現時点では十分とは言えない状況であるが,レジリエンスを高めるこのような取り組みは,今後も活発に行われるものと考えられ,さらなる知見の蓄積が望まれる.

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