第4巻第2号(2006年9月20日発行)抄録集

公開日 2006年09月20日

巻頭言

 北海道南西沖地震の発生から13年,阪神・淡路大震災から11年もの時間が経過した.その当時から精神保健活動に携わっていた多くの仲間達も,今では立派な中高年になってしまった.
 2004年には新潟県中越地震が発生し大きな被害をもたらしたが,北海道南西沖地震や阪神・淡路大震災の発生当時に比べて,新潟の被災者への精神保健活動における取り組みの迅速さには目を見張るものがあった.地震発生直後から,当たり前のように「心のケア」として支援対策が打ち出され,全国の行政機関からも精神保健専門家チームの派遣があり,「心のケア」ボランティアに頼るといった傾向は減少したといえる.
 このように災害時の緊急支援,いわゆる急性ストレス反応への対応については,システムが整いつつある.特に,学校での事件・事故に対応する緊急支援活動には,地方自治体の教育委員会と各都道府県臨床心理士会の取り組みがある.また,学校での被害がより甚大な事例における精神保健福祉センターが中心となったクライシスレスポンスチーム(CRT)の取り組みもあるが,これは,縦割り行政や職種間の枠を乗り越えた画期的な試みであろう.2003年に全国初の発足に成功した山口県,続いて長崎県,静岡県の設立に続き,今年は和歌山県もその立ち上げの準備を始めた.特に静岡県の取り組みは,事件・事故被害だけでなく,東海地震を想定した大規模自然災害発生後の精神保健活動を念頭においている点が特徴的で,全国のモデルになることが予想される.
 今後のさらなる課題は,学校への緊急時対応だけでなく中長期支援についても,各地域でそれぞれの特色ある資源を活かした取り組みのモデルを構築することである.これを推進するためにもJSTSSは,研究のみならず地域における専門家育成の教育プログラム開発や業種間のコレボレーションの重要性を発信していかなければならないと考えている.

2006年7月
武蔵野大学人間関係学部
藤森和美

【特集】

特集によせて

中島 聡美

 近年,日本国内のみならず,世界各地で多くの自然災害が発生している.2004年以降,新潟県中越地震,福岡県南西沖地震,インド洋・スマトラ沖地震,ハリケーンカトリーナ,集中豪雨による各地の水害など大規模の自然災害が続いており,今も多くの被災者が生活の再建の問題を抱えている.過去の研究から,被災者が外傷後ストレス障害をはじめとする様々な精神的な問題に直面することがわかっており,災害後の精神保健活動の大きな目的は,広く精神疾患の発生を予防することと,ハイリスク者を早期に発見し介入することで,発症を防ぐあるいは症状を重篤化させないということであるといえる.阪神・淡路大震災以降,日本では,大規模災害時に被災地域の精神科医療機関以外からの精神医療や保健活動の支援が行われるようになってきた.これらの貴重な実践の報告が,個々で終わることなく,集積され,有効な支援へと結びつけることが今後の課題がある.
 本特集では,特に新潟県中越地震後の精神保健活動の取り組みを中心に取り上げた.新潟県中越地震では,阪神・淡路大震災以降の様々な実践や研究の成果が,随所に生かされてきた.また,県庁や精神保健福祉センターが被災地外に位置していたことから,これらの行政機関を中心として,外部支援の受け入れなどについても,被災直後から組織的な精神保健活動が行われたことは新たな取り組みであった.これらの活動を振り返ることで,今後の災害時精神保健および医療のあり方に重要な知見を提供できるであろう.
 日本では,地震だけでなく,台風や集中豪雨など自然災害が多い国である.災害メンタルヘルスは,地域精神保健では重要な課題となりつつある.しかし,個々の精神保健・医療従事者にとっては,まだ身近な問題と感じられていないのが現状である.本特集を通して,多くの精神保健・医療従事者また,心理ケア従事者が災害メンタルヘルスに関心を持つようになり,被災後の精神保健・医療活動に役立てていただけることを願うものである.


新潟県中越地震における被災者支援について

福島 昇
新潟県精神保健福祉センター

新潟県中越地震後の最初の2カ月間においては,日本各地から派遣された,こころのケアチームが精神保健対策の中心として活発に活動した。阪神・淡路大震災から10年を経て,災害時の精神保健福祉対策が大きく前進したことは確かであるが,こころのケアチーム活動のコーディネートや支援者のメンタルヘルスの問題など,あらたな課題が浮かび上がった。被災から1年6カ月を過ぎ,被災者の生活には格差が生じつつあり,心の健康への影響が懸念されている。中長期ケアの主体となる市町村のケア体制には,徐々に違いが生じ始めており,広域的な視点における対策の見直しが求められている。今回,中越地震後の精神保健対策を,急性期と中長期ケアに分けて報告するとともに,被災者支援における課題について若干の考察を加えた.


 新潟県中越地震における学校現場での臨床心理士によるこころのケア活動

神村栄一*1・藤田悠紀子*2・五十嵐透子*3・宮下敏恵*3・小林 東*4

*1 新潟大学 *2 藤田「心の相談室」 *3 上越教育大学 *4 柏崎市教育委員会

新潟県中越地震(2004年10月23日発生)では,震災直後から新潟県から要請を受けた臨床心理士が,小中学生を対象とした“こころのケア”に関わった。それらは,1.ショックを受けた子どもたちへの対応や心理教育の進め方についての教職員を対象とした説明会の実施,2.児童・生徒ととりまく大人たちの心理的状況の継続的な把握と分析,3.震災後のこころのケアを目的としたカウンセリングの開始と継続(2006年も継続中)からなっていた。これらの活動の経過と成果について,この震災の特徴との関連から論じ,さらに,学校現場への緊急支援と,それに続く臨床心理学的支援としての学校カウンセリング活動のあり方について考察した.


地元児童精神科医療施設からみた新潟県中越地震

藤田 基
独立行政法人国立病院機構新潟病院小児科

地元児童精神科医療施設である新潟県立精神医療センターの医師としての視点から,新潟県中越地震について報告した。子どもの心理学的支援に関する行政の対応として,心のケア診療所の特設,電話相談の開設,学校カウンセラーの派遣などが行なわれた。精神医療センターでの経験から,震災によって一時的に摂食障害が減少すること,広汎性発達障害の子どもの一部で震災による不安症状が強度で,遷延することが示唆された。震災の経験から,震災時に必要な資料のデータベース化や子どもの心理学的支援を災害マニュアルに盛り込むことの必要性を指摘した.


新潟県中越地震における精神保健医療チームの活動の実態 ―こころのケアチームのアンケート調査から―

中島聡美*1,金吉晴*1,福島昇*2,島田恭子*1

*1 国立精神・神経センター精神保健研究所成人精神保健部
*2 新潟県精神保健福祉センター

2004年10月23日に発生した新潟県中越地震では,全国から多くの精神保健医療チームが派遣され支援活動を行った。その活動の実態を把握するため,派遣されたチームを対象に2005年2月自記式のアンケート調査を行い,86チームから回答を得た。派遣チームの活動は,避難所や在宅被災者への巡回訪問が活動時間全体の約70%を占めていた。また震災後4週間未満に派遣されたチームでは,4週間以降のチームに比べ有意に派遣日数が長く(z=-2.3,p=0.02),在宅精神疾患患者の診察・相談件数(z=-2.2,p=0.03),処方箋数(z=-2.2,p=0.03),他の医療科からのコンサルテーション件数(z=-3.8,p<0.01)が多く,抗精神病薬(z=-2.1,p=0.03)および身体疾患治療薬(z=-2.4,p=0.02)の需要が高いなど時期によって活動内容に違いがあることが示された。被災地外部からの精神保健医療活動は,基本的にはアウトリーチ活動が中心であるが,被災後の時期に合わせた柔軟な対応を行うことが必要である.


<総説>

犯罪被害者等基本法と日本におけるトラウマティック・ストレス研究の進展

小西聖子
武蔵野大学人間関係学部

2005年4月に施行された犯罪被害者等基本法は,トラウマティック・ストレス研究にも影響を与えるものと思われる。新法を紹介し,研究との関わりについて検討した。2001年から2006年3月までに,日本で行われた犯罪被害者の行政の大規模調査,一般のトラウマティック・ストレス研究について,犯罪被害者および遺族と性犯罪被害者に分けて,原著・研究報告を展望した。日本のPTSD研究は災害を中心として発展してきたが,犯罪被害者に関する研究数の増加は著しい。しかし基本的に記述的であり,症例報告が多かった。犯罪被害者等基本法の具体化に伴う今後の発展が期待される.


死の告知について

栁田多美
新潟大学教育人間科学部

本論は死亡告知法についての概説である。様々な原因から突然の死は毎日起きているが,それを警察官や医療関係者が遺族に告知する業務には大きな困難が伴う。遺族は告知時の心理的衝撃や混乱が大きいと,その後にPTSDなどの精神疾患を発症する危険性が増加する。また,告知後の悲嘆反応が複雑化すると考えられる。死亡告知法の研究は,告知される遺族と同様に,告知を行なう側の心理的苦痛を軽減させることを目指す。本論中では,死亡告知法の現状の概説,および実際の告知の基本的原則の提示を行なった。告知者が告知実施の負担から情緒的に燃え尽きることは,機械的で非人間的な告知を行なうことにもつながりやすい。遺族の二次被害を防ぐためにも,適切なガイドライン,および告知者の研修体制の整備が必要である.


警察官における二次受傷の男女別規定要因についての研究

上田 鼓
神奈川県警察本部被害者対策室

本研究は,警察官が被害者支援活動を行う際に被る二次受傷の男女別の規定要因を明らかにすることを目的とした。被害者支援活動を経験した警察官733名(有効回答率69.7%)を対象に質問紙調査を実施し,1.衝撃を受けた事案の内容と二次受傷の症状,2.バーンアウトと仕事に対する周囲からの期待感,3.性格やストレス対処行動,情緒的支援者保有の程度などについて回答を求めた。IES-R得点の平均値は男性で7.57,女性8.65で有意差は認められなかった。さらに,それぞれの変数ごとにIES-R得点について分散分析を行い,そのうち有意差がみられた要因について数量化Ⅰ類を行った。その結果,男女ともにバーンアウト,とりわけ女性においては活動回数がIES-R得点に及ぼす影響が大きく,男女ともに職場での情緒的支援者保有の少ない場合はIES-R得点が高くなることが示された。このことから情緒面での支援者を持つことが二次受傷の軽減に有効であることが示唆された.


<資料>

PTSD薬物療法国際アルゴリズム

原 恵利子・金 吉晴
国立精神・神経センター精神保健研究所成人精神保健部

PTSDの薬物療法のガイドラインは過去にいくつか出されているが,それらは異なった治療選択肢をエビンデンスの強さに応じて順番に提示したものであり,最初の治療がうまくいかなかった場合や,特殊な事情のある患者の場合など,実際の診療場面で遭遇する臨床状況に応じた治療戦略を提供するものではなかった。エビデンスの基礎となっている臨床試験のほとんどは,組み入れと除外に関して一定の基準を満たした患者に,ある治療方法を一定期間持続させることによって行われており,こうした基準を満たさない患者や,途中で治療方法を変更する場合についてのエビデンスは非常に少ないか,厳密さを欠いたものとなる。実際の治療は,質の異なるエビデンスの組み合わせと,集積された臨床経験に基づいて進めることが必要であるが,今回,国際薬物療法アルゴリズムプロジェクト(IPAP)によって作成されたPTSD薬物療法アルゴリズムは,そうした要請にこたえるものである.

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