【被害者支援】犯罪被害の救援者における惨事ストレス

公開日 2020年09月07日

 2019年5月に川崎市で発生した児童殺傷事件、同年7月に発生した京都アニメーション放火殺人事件を始め、多数の方が犠牲になる事件や事故の現場は血が流れていたり、靴や鞄などが散乱していたりなど、大変痛ましい状況であることが多い。救助のために駆けつける警察官や消防官は怪我を負った人の救助を日頃から行なっているとはいえ、犯罪被害により犠牲になった方々の救助は救援者に強い心理的衝撃を及ぼす可能性がある。救援者において遺体関連業務による心理的負荷は強く,従事する救援者にとって心的外傷体験となり、結果として外傷後ストレス障害(PTSD)に罹患するリスクが指摘されている。

 このような救援者が職務上受ける外傷的なストレス反応を惨事ストレスという。DSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル第5版)におけるPTSDの診断基準に示される外傷的出来事の曝露として、「遺体を収容する緊急対応要員」が挙げられており、救援者であっても、犠牲者の遺体を収容する任務はPTSDを引き起こす要因になりうるため、事件や事故の被害者や家族のみならず、犠牲者の救助活動に従事する救援者のメンタルヘルスも大きな課題である。

 2001年に発生した米国同時多発テロでの世界貿易センタービルにおいて救助活動に従事したニューヨーク市警察官は心身に大きな衝撃を受け、追跡調査の結果では遅発性PTSDを発症させている者が発生から9年後には3,761名のうち9.3%となっていたという調査結果がある。市民の安全を守る警察官等の救援者が救助活動の結果PTSDに苦しむという事実は看過できない問題である。

 東日本大震災における救助活動に従事した警察官、消防官、自衛官、海上保安官といった救援者に惨事ストレス反応が見られたことが本学会のシンポジウムで明らかにされ、組織及びメンタルヘルスの専門家によるケアの必要性が指摘されている。また、救助活動に直接従事していなくても、仲間を殉職で失った幹部職員における惨事ストレス反応も強く、「私のせいで仲間が殉職してしまった。」などと罪責感を抱き続けることが明らかにされている。

 惨事ストレスの症状はPTSDと同様であるが、日頃からの教育や訓練により、症状を緩和することも可能である。惨事ストレスについては、その発生や症状、対策に関する知識、組織的なケアがあれば対処可能であり、救援者個人の努力に委ねるものではない。

 警察や消防、自衛隊、海上保安庁等の救援組織に勤務するメンタルヘルスの専門家は限られており、大規模災害や痛ましい事件が今後も発生する可能性があることからも、様々な領域におけるメンタルヘルスの専門家が救援者の惨事ストレス対策に関心を持って関与することが求められる。

 

参考文献

藤代富広. 広域災害により部下が殉職した警察幹部職員の惨事ストレスの検討. 心理臨床学研究,36:47-57,2018

重村淳・谷川武・佐野信也・佐藤豊・吉野相英他. 災害支援者はなぜ傷つきやすいのか?―東日本大震災後に考える支援者のメンタルヘルス―. 精神神経学雑誌, 114:1267−1273,2012

Wisnivesky, J. P., Teitelbaum, S. L., Todd, A. C., Boffetta, P., Crane, M., Crowley, L., de la Hoz, R. E,...& Landrigan, P. J..  Persistence of multiple illnesses in World Trade Center rescue and recovery workers: A cohort study.  The Lancet, 378:888-897,2011

 

JSTSS被害者支援委員会

埼玉県警察本部

 藤代 富広

このページの
先頭へ戻る