第18巻第1号(2020年7月発刊)抄録集

公開日 2020年10月27日

巻頭言

 新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)が全世界で猛威を振るっている。

 本邦でも3月末時点で確認された感染者は2000人を優に超え、このウィルスによる感染症(COVID-19)によって、多くの命が奪われ続けている。こういった感染症は、「特殊災害」と称されるCBRNE(chemical, biological, radiological,nuclear, explosive) に含まれるもので、原因とされるウィルスは目に見えず、避けることが難しい。見えない脅威によってもたらされる個人的、社会的混乱は計り知れず、感染症自体はもちろん、二次的な影響も深刻となる可能性がある。

 例えば、米国軍保健衛生大学トラウマティック・ストレス研究センターでは、感染症に罹った場合の精神的健康を守るために、正確な情報を当事者に伝えるための情報入手、基本的な衛生に関することから医療推奨事項に至るまでの情報提供、誤った情報の修正、メディアへの過剰な暴露の制限、ストレス反応の予測と対処法などの助言、支援者自身も守ることなどを推奨している。また国際赤十字連盟、UNICEF、WHOは、社会的スティグマの防止と対応に関するガイドを発表し、レッテル貼りや固定観念を持たれることによる阻害などを引き起こさないようにするため、言葉づかいへの配慮や事実の伝達などの必要性を指摘している。

 個人的なかかわり、社会的対応、両方に共通するのは、「事実(正確な情報)」と「言葉」の大切さであろう。これは「特殊災害」だけでなく、日々の臨床活動の中でも、痛感するところである。特に「言葉」は、使い方によって、直接的にも間接的にも、人を傷つけ、社会的スティグマを形成する要因となってしまう。今一度、自身がもっている知識、価値観などを振り返り、状況を慮った表現ができるようになりたいと思う。

 当学会でも3月末日にリニューアルするwebページ(https://www.jstss.org/)に、科学的知見や最新の公式推奨事項に基づく情報を掲載していく予定である。

 事態ができるだけ早く終息することを願ってやまない。

 2020年3月

                                                   徳島大学大学院社会産業理工学研究部

                                                               内海 千種

【特集 発達障害とトラウマ関連障害の架け橋-「見分ける」から「みたてる」へ-】

発達障害臨床から見る架け橋

田中 康雄

発達障害臨床において、発達障害と逆境体験のなかで生活してきた子どもが示す言動を鑑別することはとても難しい。日々の臨床では子供だけを診ても、あるいは養育者の言動に触れるだけでも、個々の心のありようと親子の関係性を、正しく評価することは難しい。さらに親子同席面接と分離した面接を行い、さらに心理検査から得られた評価と待合室や生活場面における行動評価を重ね検討しながら、僕は、子どもと親を個別に評価し、さらに関係性を診続ける。現時点で僕は、診断カテゴリーに拘り、「見分け」られないことに呻吟する暇があれば、子ども、親、家族、生きてきた時間から、個々の思いと、さまざまな関係性を「見立てる」ことに限られた臨床時間を活用したいと考えている。生活障害として捉え直しつながり生き続けるなかで,共に苦悩しながらも,さらなる適応行動を一緒に見つけようとする努力こそが,臨床医としての矜持となる.

 

 

自閉スペクトラム症とトラウマ治療

服巻 智子

自閉スペクトラム症のある児者は社会的に脆弱であり、トラウマを負いやすいことは臨床的に知られていながら、そのトラウマ治療に真っ向から取り組んだ研究は少ない。あるいは、定型発達と同じ介入・治療構造のままトラウマ治療によって長期的にはあまり成果を上げていない。多数の無作為割付研究デザイン(RCT)によって効果検証されたトラウマ焦点化認知行動療法(TF-CBT)の米国研究グループがASDとIDDのある子どもを対象にTF-CBTの臨床上の工夫と効果検証に取り組み、2019年にその結果が報告された。そこでは、多数の効果検証されたASD介入技術を応用しながら、オーヴァーシャドウィングというアセスメントの誤判断を避け、ASD症状なのかトラウマリアクションなのかまたは両方なのかの鑑別を正確にする専門性が治療の成功に重要であることが確認された.

 

 

非行を起こした少年達への支援において大切な視点ー発達とトラウマー

桝屋 二郎

少年非行ケースにおける、発達面での視点とトラウマティックな視点の双方の重要性について論じた。非行少年は、愛着や対人関係、対人コミュニケーションに困難があること多いが、彼らの多くが根深い被マルトリートメント体験、被いじめ体験などを抱えていることが多い。一見すると発達面の影響と思われる特性を抱える少年も多いが、実は、発達障害を抱える少年、発達障害のように見えるトラウマ反応としての特性を持つ少年、発達障害とトラウマ体験を両方抱える少年、その三者が混在している。その判断を誤ると支援の方向性も謝る可能性が高く、支援者は正しくアセスメントする必要があるが、そのためには多職種・多機関の連携を基盤とする多職種チームが有効である。アセスメントを綿密に行い、対象者の障害特性やトラウマ体験,背景,生きづらさ等の有無と詳細を正しく理解し,彼らの今後のGood life実現のため必要な支援を行う必要がある.

 

大災害後の長期経過で顕在化する子どものトラウマと発達に関する複雑な問題の実相

八木 淳子

東日本大震災直後から9年余り継続してきた被災地での子どものこころの診療において,「発達障害特性を持つ子どもの易トラウマ性(とその汎化・拡大)」と「トラウマを受けた子どもの発達の偏り(とその強まり)」という2つの事象が「実感として」顕わに見えてきたのは,発災から2年を経た頃であった.
発災から数年を経て深刻な不適応状態に陥り児童精神科を受診する子どもの多くは,発達特性とアタッチメントの問題,小児期の逆境的体験(ACE)―トラウマの重積,の3つの領域が極めて個別性をもってオーバーラップし,「複雑性PTSD」あるいは「発達性トラウマ障害」の病像を呈していることも少なくない.子ども1人ひとりが抱える3つの領域の問題の強弱・多寡・軽重を,立体的に「みたてる」こと,包括的かつ疾患特異的・専門的なアセスメント力をともに高め,実効性のある支援・治療に結び付けていくことが求められる.

 

適応および非適応型心的外傷後成長に影響を及ぼす心理社会的要因の検証ー2側面モデルに基づいた再検討ー

久保 佑貴・大野 裕史・伊藤 大輔

本研究の目的は,心的外傷後成長について,健康関連Quality of Life(QOL)との関連から,適応および非適応型心的外傷後成長に分類した上で,両者に対してソーシャルサポート,コーピング,出来事に関連した反すうが及ぼす影響を明らかにすることであった.大学生を対象に質問紙調査を行い,広義の心的外傷体験者218 名を分析対象者とした.まず,クラスタ分析の結果,分析対象者218名のうち,適応型の心的外傷後成長群には67名,非適応型の心的外傷後成長群には20名が該当した.そして,ロジスティック回帰分析の結果,ソーシャルサポートと肯定的再解釈は適応型の心的外傷後成長を促進し,否認は非適応型の心的外傷後成長を促進することが示された.これらのことから,心的外傷後成長をQOL などの適応状況を含めてアセスメントする視点の必要性や,適応型の心的外傷後成長の促進のためには,コーピングの柔軟性を高めるための支援とソーシャルサポートが有効であることが考察された.

 

性犯罪に関する刑法改正[法学研究者の立場から]

柑本 美和

110年ぶりに刑法の性犯罪規定が大改正され,2017(平成29)年7月13日に施行された.この改正により,強姦罪は「強制性交等罪」に改称され,処罰対象行為に肛門性交および口腔性交が含まれ,懲役刑の下限が3年から5年以上に引き上げられ,男性も被害者になりうることとなった.次に,監護者強制わいせつ罪・強制性交等罪が創設され,暴行・脅迫を伴わず,抗拒不能の状態も認定できない家族からの13歳以上の児童への性的虐待に対しても,強制わいせつ罪,強制性交等罪と同様の処罰が行われるようになった.さらに,性犯罪については,被害者からの告訴なしでも公訴を提起することが可能となった.しかし,性交同意年齢の引き上げなど積み残された課題は多く,早急に法改正に向けた議論が必要である.

 

性犯罪に関する刑法改正[精神医学の立場から]

小西 聖子

性犯罪に関する改正刑法施行後3年の再検討時期を迎え,性犯罪の被害者の治療や鑑定にかかわる者としての視点から,性犯罪に係る事案の実態に即した対処を行うための課題を述べた.第一に法改正に際しては,継続して行われている犯罪統計や犯罪被害実態調査だけは拾いきれない,性暴力被害者の医学的心理学的状態を含めた被害実態に対する認識が必要であること,第二に回避や麻痺など性犯罪被害後の特有の症状を理解しないで,被害者の抵抗や同意についての議論は行えないこと,さらに慢性的な被害では特有の心理があること,第三に監護者に相当しない親族・教師・コーチなど関係性を利用した性犯罪においては,監護者からの被害と変わらない影響があるのに,特に若年者に対して関係性が考慮されていないことは問題であることを述べた.

 

COVID-19(新型コロナウィルス感染症)が及ぼす心理社会的影響の理解に向けて

重村 淳・高橋 晶・大江 美佐里・黒澤 美枝

新型コロナウイルス感染症COVID-19のパンデミックは,その猛烈な拡大に伴う被害により,「スペインかぜ」以来の最悪規模のものとなっている.心理的・社会的・経済的な打撃は甚大で,精神疾患,自殺,ドメスティック・バイオレンス,小児や高齢者への虐待の増加が懸念され,差別・中傷を受けた者への衝撃,悲嘆関連の課題も深刻化が憂慮される.
COVID-19は新規感染症ではあるが,パンデミック自体は太古より生じてきた事象である.また,パンデミックをCBRNE(chemical, biological, radiological, nuclear, high-yield explosives化学・生物・放射線物質・核・高性能爆発物)災害の一亜型として捉えることで,CBRNE災害の教訓を当てはまることも可能である.よって,COVID-19で生じうる心理社会的反応は決して未知のものではない.過去のパンデミックやCBRNE災害をしっかり検証し,COVID-19への心理社会的反応を「得体の知れない反応」から「目に見えない災害で起こりうる反応」と変換して理解することは,不安の軽減に寄与するであろう.

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