第19巻第2号(2021年12月発刊)抄録集

公開日 2022年03月22日

巻頭言

 新型コロナウィルス感染症(COVID-19)のパンデミックは2年目を迎えた。感染制御のための長期間にわたる行動制限は、人々の日々の生活を大きく変えてしまった。人生観や価値観が大きく変わった人も存在するであろう。

 長期化の様相を呈し、世界中で変異株が猛威をふるっている。感染拡大に伴い、身体だけでなく、精神面、社会面への影響が大きく、不安、抑うつを生み続けている。感染の恐怖から社会の分断、経済の不況、治安の悪化、自殺問題、国内・国外の政治の悪化が生じている。

 この現状は「感染症がうつる」という事象を通して、誹謗中傷や他者への攻撃性が増しており、トラウマティック・ストレスが社会生活において明確に増加している。

 感染症対応は自然災害の対応と似ている面もあり、偏見、差別、風評被害など社会心理的な問題の出現などと類似していることもあり、災害経験から役立つことも多く存在する。海外では感染症拡大は災害と見なし日本でもこの状態は災害と捉えるべきという声も上がっている。

 最近はCOVID-19感染後の遷延する症状は、Long COVID, Post COVID-19 Conditionなど呼び名があるが、感染後にも人々に大きな影響を与えている。遷延する症状は、COVID-19罹患後、感染性は消失したにもかかわらず、持続する症状や、新たに、または再び生じて持続する症状全般をいう。精神・神経症状としては、認知機能障害、頭痛、睡眠障害、うつ、不安など多彩な症状を呈する。 

 また、感染中や感染後でもPTSD罹患の割合は一定数存在すると報告されている。このような状況において精神科医療・保健がLong COVIDへの対応も求められてきている。依頼が来た時に、丁寧な対応も求められる。COVID-19はまだ全体像が解明されていない現状であって、未知の領域や、医学的に説明困難な症候群(MUS)と考えられるような一群も存在する中で対応せざるを得ない状況もある。場合によっては医療機関を転々とする患者が一定数存在するかもしれない。困難であれば、より適切に対応してくれる所へスムースな紹介や、患者に絶望感を与えない配慮が必要であろう。感染で十分に傷ついている人がこれ以上傷つかないように配慮し、休職に伴う産業医学的配慮も必要であろう。遷延する症状、後遺症に関しても、偏見、差別が起きている。トラウマインフォームドケアの考え方は大いに役立つと考える。

 東日本大震災から10年がたった。現在は感染症災害のまっただ中である。東日本大震災の経験は、このパンデミックにおいても、人々のメンタルヘルスの改善に役立つものと考えている。多くの人が傷つき、これ以上こころの傷が広がらないよう、粛々と対応していきたいと考えている。

2021年9月

                                                 筑波大学医学医療系災害・地域精神医学

                                                               高橋 晶

 

【特集 東日本大震災:発災からの10年を振り返る】

東日本大震災への支援10年を振り返る

松本 和紀

東日本大震災の被災地は広域に広がり,被災地の様相は時々刻々と変化してきた.急性期の支援では,情報収集・発信,支援の方法やコーディネートを含めさまざまな課題が上がった.当時の経験を踏まえ,急性期の災害支援体制は,現在少しずつ進歩を続けている.一方,中長期的な支援は地域ごとに異なる多様な状況に合わせた支援が求められてきた.被災地の住民と支援の主たる担い手である地域の支援者を支援するため心のケアセンターが設立され,その他にも民間団体や大学による支援も継続的に行われてきた.災害からの復興・回復には,一人ひとりの被災者だけではなく,被災した地域社会全体にアプローチする姿勢も大切であり,人々のつながりが支援の中で重視されてきた.しかし,今もなお,東日本大震災によるトラウマ体験の影響のため苦しみ,孤立した人々は多く取り残されている.支援のプロセスはこれからも引き続き継続させていく必要がある.

 

 

被災地での献身と創意工夫

加藤  寛

東日本大震災後の精神保健活動を外部支援者の視点から振り返った.急性期には,多数の外部支援者をコーディネートし,情報を集約することが課題で,その役割を市町の保健師が担う場合が多かった.その後,外部支援者が徐々に減っていく時期に入ると,地元の関係者を巻き込みながら活動を継続し賦活する必要が生じた.被災直後からの枠組みを発展させながら,地域内の連携強化に成功した例として,宮城県石巻市や岩手県陸前高田市などの状況を紹介した.復興期における保健活動の基本的戦略は,健康リスクの高い人を把握し必要なサービスを提供することである.そのために,訪問活動の強化,健康状態のスクリーニングが行われる.こうした方法はハイリスクアプローチと呼ばれている.また,健康問題を予防するために,啓発活動の強化,健康増進のキャンペーンを推進するなども,重要な戦略である.これはポピュレーションアプローチと呼ばれる.これらの取り組みにおける,東日本大震災後に展開された創意工夫に溢れた活動を紹介した.

 

 

福島原発災害から10年のメンタルヘルス問題:WHOフレームワークの紹介

前田 正治・瀬藤乃理子・佐藤 秀樹

福島原発災害が発生してから10年の経過について,その時系列的変化を短く俯瞰するとともに,2020年に世界保健機関が作成した,「放射線・原子力緊急事態における心のケアのためのフレームワーク(以下フレームワーク)」を紹介し,我々が福島災害から何を学び,将来の核危機に活かさなければならないかを論じた.本フレームワークは将来起こり得る放射線・原子力災害を念頭において,福島事故やチェルノブイリ事故からの教訓を反映させたものである.個人線量モニタリングや緊急避難などの放射線防護行動には強い心理的負荷が伴いやすいことから心のケアとの統合が大切であること,放射線災害にはスティグマのような社会的反応が伴いやすいこと,大衆とのコミュニケーションやコミュニティとの関わりが被災者のウエルビーイングを保つ上できわめて重要であることが強調された.

 

 

子どもの被災と支援―東日本大震災から10年を振り返って―

八木 淳子

未曾有の大災害となった東日本大震災から10年が経過し,この間に被災地で実践されてきたさまざまな支援・診療活動の記録やいくつかの研究報告から,被災による影響がいつどのような形で子どもの発達や社会適応上の問題に現れるのか,少しずつ明らかになってきている.小児期の逆境的体験や被災による環境の慢性的な弱化が子どもの成長発達に少なからず影響を及ぼしており,震災後に生まれた子どもとその保護者へのコホート調査では震災を直接体験していない子どもの発達や行動上の問題にも被災の影響があることが示唆されている.岩手県被災地での10年余りの支援・診療の経験から,発災後急性期・中期・長期の子どものこころのケアの実際について振り返り,最近の子どもの事例を通して,風化が問題となっている「超長期」の課題について述べる.

 

 

被災した地域と人々を支援するということ―外部からの支援としての経験から―

片柳 光昭

"みやぎ心のケアセンターは,東日本大震災後に設置された有期限の組織であり,宮城県において被災した地域住民や被災地の支援者への精神的健康に関する支援を行っている.震災から10年が経過したが,筆者が勤務している気仙沼地域センターでは,震災後の心のケアを含めた地域精神保健福祉の維持や向上についても,地域の自治体や関係機関と連携しながら日々取り組んでいる.

災害後の支援は,地域の被災状況やその後の復興状況によっても大きく異なるため,画一的な方法はないと思われる.しかしながら,その根底に必要となるものとして,とりわけ外部からの支援では,支援を受ける地域の意向や方向性を尊重し,地域に沿うこと,支援が地域の支援者を傷つけることがないように丁寧に慎重に進めること,また,狭義の「被災者の心のケア」に留まることなく,地域に生じるさまざまな課題も含めて対応するなど,支援の柔軟性を高めることが重要であると考えられた."

 

 

東日本大震災における支援者支援の実際と精神症状の軌跡

佐久間 篤

東日本大震災では災害支援者のメンタルヘルスにも大きな関心が寄せられた.東北大学精神科では,被災地での相談や研修会,健康調査などの支援者支援を継続した.急性期は災害ストレス,中長期では多彩な心理社会的問題への対処による職場メンタルヘルスの向上が求められていた.健康調査の抑うつ症状では,初回と二回目で全体の約1割でハイリスクと閾値下で入れ替わりが生じていた.混合軌跡モデリングを用いて震災から5年間のPTSD症状を解析したところ,計7%の支援者がハイリスクで経過し,高症状が持続する慢性群3%と,高症状と閾値下が繰り返される変動群4%に分類された.被災程度や精神疾患の既往,休養やコミュニケーション不足といった要因がハイリスクに関連していた.大規模災害の精神的影響は長期におよびその軌跡は多様である.継続的なモニタリング,職場環境の改善や個人的被災への配慮など,公私両面での支援者支援が必要である.

 

 

 

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