公開日 2023年10月31日
このたびの第22回大会では、3件の受賞がありました。
受賞された先生に、研究紹介を含めたコメントをいただいております。
受賞された先生方、誠におめでとうございます。
最優秀賞
千葉柊作 先生(岩手医科大学附属病院 児童精神科、東北大学大学院 教育学研究科)
演題:東日本大震災後に出生した子どもを持つ保護者のトラウマ症状の中長期的な変化の分類と、症状の慢性化に寄与する要因の検討
このたびは身に余る賞を賜り、大変光栄に存じます。
本発表では、震災後1年以内に出生した子を持つ保護者を対象として、2016年から6年間の縦断データを用いてトラウマ症状の遷延と慢性化が考えられる群の特定と、それに関連する要因を探索的に検討しました。
その結果、全体的な保護者のPTSD症状は経年で漸減していきましたが、多重軌跡モデリングを実施した結果5つの軌跡が想定され、今回対象とした137家庭のうち、10%程度にPTSD症状の慢性化が考えられる群(慢性群)が認められました。
また多項ロジスティック回帰分析を用いて、慢性群に寄与する要因を検討したところ、主観的な震災の被害の感覚や、産後うつ、経済状況の悪さが関わる可能性が示唆されました。また、ベースライン時の友人サポートの多さは慢性群と比較して回復基調にある群と関連がありました。これらのことから、震災後6~10年経過した今でも慢性化した群がある程度残存していること、比較的早期からの支援が症状の慢性化の予防に効果が期待されることが示唆されました。
この場を借りて、研究に協力していただいた全てのお子様、保護者様、教員の皆様に感謝申し上げます。また、本研究代表者の
八木先生をはじめとした分担研究者の皆様や、各県でデータ収集に関わった皆様にも厚く御礼申し上げます。
今後もこの栄誉におごることなく、大災害後の支援に資する研究に励んで参りたいと存じますので、どうぞよろしくお願い致します。
なお、本研究は基盤研究(B)「東日本大震災後に誕生した子どもとその家庭への縦断的支援研究」の一環として行われました。
優秀賞
釋迦郡詩織 先生(東京医科歯科大学 国際健康推進分野・精神行動医科学分野)
演題:「性・ジェンダーを考慮した18 歳未満における性被害(CSA)と成人期のPTSD・複雑性PTSD(CPTSD):全国規模の調査から」
この度は優秀演題賞という栄誉を授かり、共著者一同大変光栄に存じます。
講評でご指摘いただいたように、本研究には2つの重要なポイントが含まれています。従来の性被害の研究は主にPTSDに焦点を当てていましたが、本研究ではICD-11で複雑性PTSDが診断基準に含まれるようになったことを考慮し、18歳未満の性被害(CSA)経験者において複雑性PTSDのリスクが高いことを示す結果を示しました。
また、一般的には女性においてPTSDの発症リスクが上がるとされていますが、本研究では出生時の戸籍上の性とジェンダーに焦点を当て、出生時に男性と割り当てられた(AMAB)場合においてはCSAの影響がより深刻であることを明らかにしました。
あらゆるジェンダーにおいて性被害の防止と被害者への適切な支援が必要であることを強調し、社会的課題としての男性の性被害に関する認識を高めることに微力ながら貢献できれば幸いです。
今後も性・ジェンダーに関するトラウマティックストレスの研究を深化させ、社会への貢献を続ける決意です。本研究を推進するにあたり、藤原武男先生(東京医科歯科大学 国際健康推進医学分野)、那波伸敏先生(東京医科歯科大学 国際健康推進医学分野)、田淵貴大先生(大阪国際がんセンター)には、発表にあたり細やかなご指導をいただきました。また学会の皆様、研究参加者、そして講評をいただいた方々、ご支援を賜りました多くの方々に、この場をお借りして御礼申し上げます。今後ともご指導・ご鞭撻のほど、何卒どうぞよろしくお願い致します。
(本研究は2022年JACSIS研究の一環として行われました)
優秀賞
森田 展彰 先生(筑波大学医学医療系)
演題:被虐待体験のある養育者における子育ての認識の評価に関する研究
この度は、「被虐待体験のある養育者における子育ての認識の評価に関する研究」という発表で、第22回大会奨励賞の優秀賞をいただき、とても光栄に感じております。今回発表した研究は、自分が子ども虐待事例に関わる中で必要を感じて取り組んだものです。自分は、20年近く児童相談所等で虐待を行った親への心理ケアに関わってきました。多くの事例では、PCIT・CAREなどの養育プログラムを用いて対応していますが、加害的な考えが定着している事例では、そうした手法のみでは難しい場合があると感じました。そこで役立ったのは、カナダなどで作られたDV加害者への認知行動療法をベースとしたプログラムでした。このプログラムで使われている、家族との交流の場で起きてくる認知を取り出し、修正する方法と養育プログラムを組み合わせることで自分なりの手法を見つけていきました。さらに、虐待の加害的な認知の裏に、親自身の被虐待経験が関係する事例が多いことに気づき、それに関するトラウマの治療を行えば、大きく改善するのではないかと思うようになりました。しかし、トラウマを扱うと加害事例を不安定にする心配もありました。そうした中で、認知処理療法(CPT)を学ぶ機会をいただき、CPTでいうスタックポイント(トラウマ性の認知)を修正する方法と、DV加害者の認知の修正が、表裏でありながらも類似した手法であり、これらを統合的に行うことを考えるようになりました。実際にいくつかの事例で、加害に関する認知の修正とCPTを並行して行い、効果が得られる経験をしました。この経験から、虐待加害者におけるトラウマ由来の認知を扱う手法の開発に取り組み始め、その際に虐待者におけるトラウマ性の認知の心理尺度があれば養育場面のスタックポイントとして取り出しやすくなると思い付きました。それが今回の研究テーマに結び付きました。振り返ると、多くの学ぶ機会を得て今回の研究に行きついたと感じます。これに報いるためにも、今回作成した尺度を用いて被害体験がある児童虐待加害者の治療プログラムの確立に今後も取り組んでいきたいと思っています。