第22巻第2号(2024年12月発刊)抄録集

公開日 2025年05月08日

巻頭言

能登に祈る歌

  娘のもとへ向かふ準備の進めども傾く家をただ去りがたし

平谷郁代(短歌研究3月号)

 輪島市生まれの平谷氏の歌、巻頭言のご依頼をお受けしたのち、本号が能登飯能沖地震の特集号になると知らせをいただいた。巻頭言を飾るお見舞いの言葉を頭に巡らせるが、何を言えばいいのか、浮かぶどの言葉も薄っぺらく感じられ、筆がすすまない。言葉を尽くしてお見舞いの気持ちを伝えようとしても、言葉を紡ぐ前に無力感を感じてしまう。思い悩んだ末のある日、ふと気がついて、自分の言葉ではなく被災された人たちの言葉でなら何かを紡げるように感じた。母にLINEし「学会誌の巻頭言に地震の短歌か俳句を載せたい。どうやって探せば良い?現代の歌人でも良いし、芭蕉や白秋のメジャーどころでも良い」と打つと、程なくして返信、「短歌研究3月号が能登地震の特集を組んでいます。Amazonで買えると思う」。Amazonで買えるのか、風情がないなと思いつつポチリと購入、学会に向かう成田エキスプレスに乗りながら読んだ。しまったこれは電車で読む本ではなかった。被災された方々の歌を読みながら、涙が止まらない。

  かくばかり危うき土地に人は住みかくも容易く死にゆくものか

三井 修(短歌研究3号)

 トラウマ治療家になったけれど、こんな気持ちに対して自分に何ができるとは思わない。と同時に、トラウマを抱えて生きる人たちに寄り添いたいと切に思う。歌の中には、治療家として背筋が伸びるものもあった。歌人が放つ静かな言葉に歌う人としての使命感を感じる。私たち治療家は言葉を通じて治療を進め、その回復過程で、語ることの持つ力を何度も目の当たりにしてきた。言葉を受け止める使命感のようなものが、この学会誌を手に取る皆様にはあると思う。

  歌詠みであれば「言葉のあらず」とは言えず言葉を持ちて伝えむ

三井 修(短歌研究3号)

2024年10月

国立精神・神経医療研究センター

井野 敬子

特集 令和6年能登半島地震

DMORTと遺族対応とトラウマティック・ストレス

山﨑 達枝・村上 典子・吉永 和正

 

一般社団法人日本 DMORTとは2017 年 7 月に発足.警察が管轄となる遺体安置所で超急性期からの遺族支援として活動しています.

2024 年 1 月 1 日に石川県で発生した「令和 6 年能登半島地震」では石川県警の受け入れが可能となり発生後 4 日目に活動に入りました.

被災地県内,2 カ所の遺体安置所にメンバーが派遣され,活動期間は 1 月 4 日~ 14 日まで 11 日間 12名(医師・看護師・救命士他)延べ 56 名が活動しました.ライフラインすべてが寸断され自己完結型の活動となりました.2カ所の遺体安置所での対応件数は126 体,各グループとも遺族対応は3 日間.支援者の心身の健康を保つためにも 3 日間に区切ったことは適切な判断でした.また,メンバーとの良好なコミュニケーションは活動する上では大変重要です.連日活動終了後にメンバー間でデフュージングを行えたこと,また,活動期間中に現地 2 カ所と後方支援チームの間でライン会議が行われ情報共有が可能となったことも心の支えでした.

 

令和6年能登半島地震における高齢者や精神疾患を持つ人への対応

 

北村  立

 

2024 年 1 月 1 日の能登半島地震により能登北部を中心に甚大な被害を受けた.現地の医療機関や介護施設の機能は低下し,食料不足や寒冷,感染症の蔓延等もあり,入院患者や施設入所者は直ちに金沢市以南へ移送された.また要配慮者も金沢市以南への避難が推奨され,最大 5,000 人を超える人が二次避難した.石川県立こころの病院(当院)は災害拠点精神科病院であり,発災後急性期は積極的に入院患者を受け入れた.本稿では,まず能登での暮らしや精神障害者の様子を解説し,発災後急性期の当院への入院の状況を報告する.次に広域避難や DPAT 活動について触れ,最後に発災後 9 カ月たった被災者の様子や今後の展望について意見を述べる.被災地の復興は遅れ,介護うつや飲酒関連問題の増加が懸念されていたが、2024年9月の豪雨

災害により,改めて被災地のアセスメントが必要となった.被災者のこころのケアはこれからが本番である.

 

 

令和6年能登半島地震災害における学校支援-支援体制と災害ストレスへの対処

 

池田 美樹・松本  圭・冨永 良喜

 

令和 6 年能登半島地震災害では,被害の甚大であった奥能登地域の3 市町(珠洲市,輪島市,能登町)の小中学校を対象として,文部科学省緊急スクールカウンセラー(国派遣 SC)が派遣され支援活動を行った.本支援活動では,文部科学省,石川県教育委員会,日本臨床心理士会・日本公認心理師協会合同災害支援委員会,石川県臨床心理士会の 4 団体が協働した.本稿では,国派遣 SC 指導までの経緯,発災後の時期に応じた心理支援について,支援体制作りと被災地の学校における心理的支援活動を紹介した.支援における課題と展望を,(1)緊急派遣 SC の派遣体制,(2)学校の危機事態における支援調整,(3)中長期の支援体制の観点から考察した.

 

精神科医からみた令和6年能登半島地震対応とこれからの災害対応

 

高橋  晶

 

2024年1月1日に発災した能登半島地震は日本中に強い衝撃を与えた.これは元旦の発災ということもあり,初動が困難であった.その後2024年9月21日,奥能登地方に線状降水帯が発生し,豪雨が再度能登を襲った.家屋は浸水し,仮設住宅も浸水した.能登地震から能登豪雨に続く甚大な被害であった.

能登地震では 1 月の早期・急性期から災害派遣精神医療チーム(DPAT)が出動し,精神・心理的な対応に関わった.災害急性期から中長期に至るまで,被災者の精神的な不調を和らげるシステム構築が必要である.そして被災者を支援する支援者もトラウマティック・ストレスの影響を強く受けており,支援者支援のシステムと運用が必要であった.災害対応に関わる精神科医は,一般精神科臨床技能に加えて,アウトリーチ,多職種連携,チームビルディング,リラクゼーションスキル,感染症対応,産業精神的対応のスキル,行政システムの理解等が事前の学習として必要と考えた.

 

 

デジタル技術を活用したPTSD治療の有効性

 

竹林 由武

 

本総説は,デジタル技術を活用した心的外傷後ストレス障害(PTSD)の有効性に関する系統レビューを概観した.ビデオ通話や電話を用いた遠隔心理療法は,PTSD の改善において対面療法と比較した非劣性性が頑健であることが明らかであった.集団療法を遠隔で実施した場合も,エビデンスの頑健性は個人形式には劣るものの,対面心理療法に有効性が劣らないことが示唆された.ウェブアプリやモバイルアプリを介したデジタルメンタルヘルス介入は,介入の内容が認知行動療法(CBT)に基づく場合に待機群や通常治療群と比較して,PTSD 症状を有意に改善することが明確であった.対面治療とデジタル介入の併用は,PTSD に対する有効性について明確な結論は得られなかった.

 

 

福島復興の着地点はどこなのか?:ふくしま心のケアセンター活動の現状と課題

 

前田 正治・渡部 郁子・小林 智之・竹林  唯

 

東日本大震災から 13 年が経過したが,被災地の復興,とりわけ原子力災害に苦しんだ福島県の復興は,その進展とともに多くの課題に直面している.本稿では,現在までの福島災害の復興を振り返り,とくにメンタルへルス問題に対応する大規模支援組織であるふくしま心のケアセンターの活動に焦点を当て,現在の課題について考察した.避難地域では,避難住民の帰還が進まない一方で,被災を経験していない移住住民の数は急増し,新しいコミュニティ形成の動きが強くなっている.精神科医療機関をはじめとしてメンタルへルスを支えるリソースが今なお乏しい中,ふくしま心のケアセンターの役割は今後も大きい.とくに避難住民の支援と,被災コミュニティ再生という課題が乖離している現在,柔軟で長期的視点に立った,持続可能な支援をいかに行うかが問われている.

 

 

自衛隊員のストレス予防方策のための文献レビュー -「累積的な日常ストレス」対策への焦点化-

 

藤井 淳子

 

自衛隊員のストレス予防方策を検討するため,米軍などの兵士および自衛隊員が経験するストレスと予防方策について,日米の文献を中心にレビューをした.その結果,特に米軍では膨大な実証研究が蓄積されており,戦争関連 PTSD に関しては,高強度な戦闘ストレスよりも,派遣から退役後に至るまでの日常ストレスの累積が大きく影響することが明らかにされていた.一方,対策は高強度ストレスを想定したトラウマ焦点化治療を中心に実施されていたが,結果は PTSD 診断基準を下回るまでには至らず,トラウマ非焦点化治療や心理社会的アプローチとの併用の必要性が指摘されていた.自衛隊では,「低強度ストレスの累積」への予防方策に加えて,最近は高強度のストレスを考慮する必要も強調されてきた.そのためには,日頃からの組織内外での社会関係資本の蓄積が重要であり,それは同時に「ケアへの障壁」を軽減する対策にもなり得ると考えられた.

                                                                    
 
 
 
 
 

  

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