国際交流委員会からのお知らせ

公開日 2025年05月01日

ISTSS StressPoints 会長コラム(2025年3月)

国際トラウマティック・ストレス学会(ISTSS)が会員向けに発行している機関紙StressPointsの冒頭に会長コラムが毎回掲載されています。この会長コラムの翻訳につきましては,JSTSS会員への回覧が許可されていますので,2025年3月分を以下に掲載します。

なお,岩月肇先生による日本語訳をはじめ,各言語の翻訳は

https://istss.org/education-research/stresspoints-newsletter/presidential-column-translations/
にも掲載されております。

ISTSS STRESSPOINTS 会長コラム
ご挨拶申し上げます。
この「StressPoints」コラムを、ISTSS会長として執筆するのは今回で二度目となりますが、まもなく「国際女性デー」が世界中で祝われようとしています。今年のキャンペーンテーマである「加速する行動(Accelerate Action)」は、私たちが今すぐ行動を起こす必要性を強調しています。それは「ジェンダー平等な世界」の実現に向けて、平等・多様性・公平性・包括性が、もはや議論や戦いもなく、当たり前のものとなる未来を目指すための行動です。世界経済フォーラム(World Economic Forum)のデータによると、現在の進捗ペースのままでは、世界のジェンダー格差を解消するまでに134年、つまりおよそ5世代もの年月がかかるとされています。これは目を覚ませられるような厳しい現実です。ジェンダー不平等が社会の進歩、人権の発展、そして安定した世界秩序の達成にとって深刻な脅威であることは、もはや誰の目にも明らかです。
しかし、トラウマやストレスの影響を深く理解している、専門家、学生、当事者経験を持つ人々からなる多様な国際的コミュニティとして、私たちにとって、この8週間は、まるで何度も打ちのめされ、叩きのめされるような感覚の連続でした。アメリカ合衆国で起きた最近の出来事、現政権による一連の大統領令を発端として、長年にわたる超党派的に保たれてきた規範、慣行、政策が覆され、痛ましい影響をもたらしています。国内外の支援の打ち切り、そして多様性・公平性・包摂性・性やジェンダーに関する政策と取り組みの禁止などは、科学、臨床実践、そして米国国内および世界中の地域社会の健康と福祉にとって壊滅的な打撃となっています。これには、連邦職員の大量解雇も含まれており、会員や同僚、その家族、そして私たちが支援している当事者や地域社会の雇用や生活にも直接的あるいは間接的な影響を及ぼしています。
トラウマティック・ストレスの研究と治療に献身する国際的な学会として、私たちはエビデンスに基づいた知識、倫理的な実践(臨床と研究の両面)、そして私たちが支えるクライエントや地域社会の基本的人権と尊厳を守るという使命のもとに団結しています。学問の自由や科学的探究を損ない、医療へのアクセスを制限し、心理的苦痛を助長させ、さらにはトラウマや暴力の重要性そのものに疑義を投げかけるような政策や取り組み――例えば研究助成金や研究職の削減や制度的な不平等の強化など――は、ISTSSに関わる私たちすべてにとって深い懸念の対象です。米国に限らず、国外の多くのメンバーにとっても、こうした動きは、苦悩、怒り、不安、不確かさ、無力感、裏切られた思い、そしてモラル・インジャリー(道徳的損傷)といった感情を呼び起こしています。専門職としての倫理と、かつてない外的圧力との間で葛藤を感じながら過ごしているのです。
ISTSS にとって、私たちの使命と価値観は明確です。トラウマティック・ストレスに関する科学的知識を進展させ、それを回復とレジリエンスの促進のために応用することが私たちの中心的な目標です。私たちは、政治的干渉を受けない科学の誠実性と知の探求を力強く支持します。独立性を保った厳密な研究を可能にする政策、エビデンスに基づいたトラウマ治療の推進、そして高所得国・低所得国を問わず、人々の生活を向上させることのできる、倫理的なトラウマ介入の普及を支援します。私たちの活動は「害を与えない(do no harm)」という倫理原則に根ざしており、被害を生き抜いたサバイバーや社会的弱者、脆弱な人々、そして精神的ケアと根拠に基づく治療を必要とする人々の権利を守る、トラウマに配慮した政策と実践を提唱しています。学会として、国際的な協力は極めて重要です。トラウマには国境がないのと同じように、それによって苦しむ人々への私たちの支援にも国境はありません。
私たちは国際的な学会として、すべてのトラウマ的事件について立場表明を行うことはしていませんが、現在は、米国および世界の仲間たちと連帯し、以下のような動きに対抗する姿勢を明確にしています:
ⅰ)研究資金の削減や雇用・整理によって科学の進歩を損なおうとする動き
ⅱ)研究の方向性を歪めようとする動き
ⅲ) 命を救う思いやりのあるケアの提供を制限する動き
ⅳ) 人権と自己決定権を損なう動き
こうした時代にあって、多くの私たちは、行動しなければという切迫感を抱いています。多様性に富んだ私たちのコミュニティでは、最近の急速な変化に対する個々の反応もさまざまであり、それは当然のことです。歴代会長やISTSS の運営に尽力してきた先達メンバーとの対話の中でも、この危機にどう対応すべきかについては意見が分かれています。ISTSS は、自由で開かれた対話、意見交換、そして私たちの使命に沿った集団的な学びとアドボカシー(権利擁護)を推進しています。また、私たちは、良き時も困難な時も、専門家にとっての拠り所となるよう、情報・指針・支援を提供し続けます。特に深く影響を受けた同僚とのやり取りでは、彼らが専門職としての役割の中で、苦悩やモラル・インジャリーを経験しているという声が寄せられています。いまこそ、仲間たちとつながり、情報や助言を求め、学びを分かち合い、互いに支え合うときなのです。
ISTSS執行委員会は、今後もこうした動向を引き続き注視していきます。そして、私たちの価値観に合致した、かつグローバルな影響力と限られた資源の中で最大限の効果的をもたらす形で、この変化する政治状況と課題にどのように対応していけるかについて、皆さまのご意見や懸念、ご提案を歓迎いたします。今こそ、私たちは手を取り合って、この学会をかたちづくる原則と実践を共に守り、トラウマティック・ストレス分野における世界的なリーダーとしての使命を果たしていく必要があるのです。
                                                                                                                                  敬具
ソラヤ・シーダット(Soraya Seedat)医学博士・博士(MD, PhD) ISTSS 会長
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