会長挨拶

日本トラウマティック・ストレス学会のホームページにご興味をお持ちいただき、誠にありがとうございます。

この度、日本トラウマティック・ストレス学会の会長という重責を拝命いたしました。身の引き締まる思いとともに、これまで本学会の発展にご尽力くださった諸先生方、そして志を同じくするすべての会員の皆様に、心より深く感謝申し上げます。

 

当学会は2002年3月に設立されました。当時は、阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件、大阪教育大学附属池田小学校事件、アメリカ同時多発テロなど、社会を揺るがす大規模災害や事件が相次いでいました。これら出来事において支援活動を行ってきた先達によって、当学会が発足いたしました。

2011年の東日本大震災・福島第一原子力発電所事故、その後の様々な災害、事件、2020年からのCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)パンデミックという国難にも対応しながら、当学会は設立から20年以上の歩みを重ねてまいりました

新型コロナウイルス感染症は多くの方々の人生に変化をもたらし、大きな衝撃がありました。それに伴う生活の変化と適応の課題が生じました。そしてウクライナ、そしてガザ地区での紛争が続き世界情勢は不安定さを増しています。政治のみならず、経済や流通にも影響が及んでいます。日本では能登半島地震などの自然災害が起き、海外でもトルコやミャンマーでの災害が報告されています。世界中が気候変動の影響を受け、これまで想定し得なかった時代に突入しています。

私たちは「この時代に何ができるのか」を問われています。次の世代に何を残せるでしょうか?その答えはわたしたちの行動にかかっています。

 

災害を含む様々なトラウマティックストレスの問題に直面しており、罹患者、家族、遺族、支援者の方が抱えるトラウマとそのケアも、当学会が取り組むべき重要な課題です。

私たちは、多くの課題を抱えておりますが、この20年でトラウマに関する医学・心理学的研究は世界的に飛躍的な進展を遂げてきました。日本でもPTSDの治療やトラウマインフォームドケアに関する研究や研修が行われるようになりました。しかしながら、治療に携わる専門職の数は依然として十分とは言えない状況です。

当学会では、これらの課題に対する研究的知見をさらに深め、その成果を臨床現場へと届けることで、トラウマケアの担い手を育成し、被害者・被災者の方々が必要とする支援・ケア・治療を十分に受けられる体制の構築を目指しています。今後も皆様とともに、より一層取り組んで参りたいと思います。

学会設立当時と比べると、トラウマ(心的外傷)の概念は医療・保健・福祉・教育・職場の場面だけでなく、社会全体で幅広く認知されるようになりました。

しかし、トラウマの概念が認知されたことで、専門家への期待もますます高まり、本学会が扱う領域も広がってきています。その領域は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の病態解明や治療の向上にとどまりません。虐待・性暴力・配偶者間暴力(DV)・犯罪・紛争のサバイバー、ご遺族、災害の被災者、職域でのトラウマ(惨事ストレス)にさらされる労働者らへの支援・ケア・治療など、その領域は多岐にわたります。このような課題に関する学術的エビデンスの集約はもちろんのこと、専門家そして社会への正確・迅速な情報発信が求められています。

研究面ではトラウマティック・ストレスの研究には多彩な側面のアプローチが求められており、神経生物学、臨床心理学、社会科学および倫理的な側面などの研究が必要です。そのほか、トラウマティック・ストレスに関連する研修などを推進する必要があります。

 

以下の事が重要に思います。

①知の光を、さらに強く

研究を推進し、より効果的で、皆様の心に寄り添う支援のあり方を探求します。

 

②ぬくもりを、全国へ

質の高い専門家を育成し、地域や立場に関わらず、誰もが必要な時に適切なケアを受けられる社会基盤の構築を目指します。支援者の皆様が、希望を失うことなく活動を続けられる環境づくりにも力を注ぎます。

 

③理解の輪を、社会へ

こころの傷、トラウマに関する正しい知識を社会全体に広げ、誤解や偏見をなくすための対話を続けます。当事者の皆様の静かで、しかし切実な声に耳を傾け、その経験から学ぶことを、活動の原点といたします。

 

トラウマからの回復の道のりは、決して平坦ではないかもしれません。しかし、深い傷跡は、その人がどれほど懸命に生き抜いてきたかの証でもあります。私たちは、その痛みが尊厳ある人生の物語へと変わっていくプロセスに、敬意をもって寄り添う存在でありたいと願っています。

 

このたびの会長就任にあたり、このような当学会の責務を果たすべく学会運営を進めていく所存です。トラウマに関連する課題の解決、そして本学会の更なる発展には、多様な年代・職種・役割・価値観に基づく知見が必要です。そして学生、そして精神・心理に関わる専門職のキャリア初期にトラウマティックストレスに関する正しい知識を獲得し、学習を継続し、困っている人々を支えることを支援することが重要だと考えています。また現在の様なトラウマティックストレスの多い世の中において、社会で活躍するすべての方々に、このストレスへ対処の仕方と理解をいただけることが、より良い社会に繋がると考えています。

また、慈悲、慈愛の精神も重要と考えております。不幸にも「こころ」に刺さってしまったトゲが痛み、そのトゲを抜いて、養生して、また力強く人生を生きていく、そんな皆様をご支援出来ればと願っております。世代間のトラウマ・「こころの傷」を解消することで、より人生が開け、世界の平和に繋がることにも繋がると災害精神対応の中で多く感じております。体と心は切り離して考えられるものでは無く、心身だけでなく、体からのアプローチでこころを整える身心の考え方も重要に考えています。

 

この学会が設立時から大事にしている、参画される一人一人のお力を得て本学会がさまざまな領域で活動されている方々の共通のホームグラウンドとなれるように努力して参ります。

 

皆様には引き続きのご高配を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

 

 

 

2025年9月

第12代会長 高橋 晶

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