COVID-19パンデミックがもたらす心理的影響

COVID-19パンデミックがもたらす心理的影響
トラウマティック・ストレスとの関連から

兵庫県こころのケアセンター 加藤 寛(JSTSS災害対応委員会委員長)

 新型コロナウイルス(COVID-19)に限らず、未知の感染症が蔓延すると、さまざまなメンタルヘルス上の問題が生じます。不安と恐怖、隔離がもたらすストレス、偏見と差別、情報のもたらす社会不安と混乱、などが主要なものといえるでしょう。こうした多岐にわたる影響については、今回の事態を踏まえて多くの優れたマニュアルが国内外で発信されており、別にリストを作成しましたので、ご参照いただければと思います。

 新興感染症が引き起こすメンタルヘルスの影響は、3つに分けて考えると理解しやすいと思われます。一つは感染リスクおよび感染そのものが引き起こす心理的反応です。不安と恐怖が主なものになりますが、その内容は多様です。感染することへの恐怖と不安、感染した場合は自分が他人に感染させたのではないかという不安と自責、検査や適切な医療を受けられるのかという不安、感染したことが知られて差別されるのではという不安、あるいは大切な人が隔離された場合には引き離されたことによる分離不安、そして不幸にも家族を失った場合の悲嘆反応、など様々な内容の心理的問題が惹起されますが、いずれも了解可能な当然の反応といえるでしょう。なお、恐怖症や妄想にエスカレートする病理性の高い状態になる場合も少数ながらあることも想定されます。

 2番目は環境の変化が引き起こす問題です。隔離や行動制限がもたらすストレス反応、経済的打撃から生じうるうつ病や自殺の増加、家族の密集性が高まった負の影響として生じる暴力や虐待の増加、休校によって生じる学業の遅れやネット依存の問題、活動が制限されるために起こる高齢者の認知機能の衰え、など感染終息後も影響を残す可能性がある問題が生じることが危惧されます。

 3番目は情報が引き起こす問題です。感染症専門家あるいは「感染症に詳しい人」が、テレビで話す内容は、扇情的であったり逆に楽観的であったりで、不信と混乱を招きます。さらにネットやSNS上には、感染した人の個人情報と誹謗中傷、生活用品の不足を煽るデマなどが溢れています。また、政治家や為政者が話す内容は、断片的で不安を消息させるにはほど遠いことが多く、却って批判と不信を招くことが多いようです。同じような事態が福島の原発事故の後に起きていたことを思い出すと、われわれは何も学んで来なかったのだという無力感に苛まれます。情報の混乱がもたらすものは、スティグマと偏見、対人関係の変化、社会への不信、買い占めなどの社会不安、などで、これらは様々な葛藤、禍根、心理的影響を長期に残すでしょう。

トラウマティック・ストレスに関連する問題

次に、トラウマティック・ストレスに関連する問題を少し詳しく考えてみます。まず、感染症に関するスティグマの問題は、古くは天然痘やペストなどで、持ち込んだと見なされた人々への差別と迫害が世界各地で起きたことが知られています。日本では、結核、ポリオ、ハンセン病などの差別が20世紀にも続いていましたし、1986年に日本で始めて感染が確認されたエイズ(HIV)では、個人情報が曝露されたり、最初の感染者が居住していた松本市のナンバーをつけた車が忌避されるなど、酷い中傷と差別が横行しました。また、2009年の新型インフルエンザ流行の際には、最初に感染が報告された神戸の県立高校生に対する中傷が酷く、制服を着て歩けなくなったなどの事態になりました。感染症以外でも、原因がなかなか分からなかった水俣病、イタイイタイ病などの公害病患者への深刻な差別がありましたし、原爆被爆者への差別、そして2011年の原発事故が招いた福島県民への言われなき差別は、今でも続く忘れてはならない問題です。今回のCOVID-19に関しても、個人情報がネットで拡散されたり、感染クラスターと報道された職場では職員の保育園利用や病院受診が拒否されたり、クルーズ船の医療活動に従事した関係者が非難されたり、様々な誹謗中傷と差別が横行しています。こうした事態はスティグマとして当事者を苦しめるだけでなく、当事者自身が「自分は汚れてしまった」などのセルフスティグマと呼ばれる否定的な自己認知をしてしまい、抑うつ、自責感、社会活動の回避などの心理的問題を抱えることになります。

 第2の問題は悲嘆に関することです。感染者が不幸にも亡くなった場合には、家族は死に目にも立ち会えないばかりか、遺体に触れることも見ることも許されず、火葬にも立ち会えず、遺骨だけが返されるという状況に置かれることもあるようです(注)。こうした死別の状況は、悲嘆プロセスを妨げ、悲嘆が遷延したいわゆる複雑性悲嘆になる可能性が危惧されます。

 第3の問題は、DVが増加しているというヨーロッパでの報道が提起している問題です。すなわち家族の密集性が高まった負の影響として生じるDVや虐待の増加です。単にリスクが高まるというだけでなく、問題がさらに潜伏してしまう可能性を指摘したいと思います。つまり、DVや虐待の被害者が助けを求める行動を取ることが通常でも難しいのは、周知のことです。加害者である配偶者、親と過ごす時間が増えてしまうと、ますます求助行動を起こすことが出来ず、深刻な問題になっていくことが危惧されます。

 第4の問題は、支援者のストレスについてです。感染者の治療にあたる感染症指定病院の医療スタッフは、自らの感染リスクを感じながら、増え続ける業務に翻弄されますし、受診入院調整を行っている保健師たちは、検査や受診への不満を浴びせられ、感染者の搬送業務では感染リスクに直面し、感染者の不安や抑うつを聞くことをとおして共感疲労を抱えてしまいます。筆者は、クルーズ船の医療活動に参加しましたが、感染リスク、長時間の業務などだけでなく、情報不足、参加したことで生じた日常業務への影響、そして参加したことへの批判などで、これまでにないストレスを感じていました。これらは、災害救援者が被る惨事ストレスそのものであり、対策の必要性を認識しなければなりません。

必要なこと

 以上述べてきた様々な心理的影響を軽減するために必要なことを、ごく簡単に述べます。まずは、情報を吟味する力が必要でしょう。未知のウイルスで、不安を煽る報道が加熱しています。ネット時代のパンデミックというこれまでにない情報過多の状況の只中にわれわれは置かれており、何が正しいのか何がフェイクなのか見極めることが重要でしょう。また、情報への曝露が過剰にならないよう注意する必要があります。また、心理的問題を抱えた方へのサポート体制はあまり検討されておらず、今後の課題でしょうし、DVや虐待に関してはいつも以上に支援組織は支援体制を強化する必要があると思われます。

 欧米では医療者への感謝を示すメッセージを伝える行動が盛んに行われています。支援者を支えるのは何よりも労いです。この危機を乗り越えるために尽力している方たちへ労いを届けられる社会でありたいと思います。

(注)厚生労働省によれば「新型インフルエンザ等に感染した遺体の保存や埋火葬に当たっては、感染拡大を防止する観点から一定の制約が課せられることになるが、他方で、地域の葬送文化や国民の宗教感情等にも十分配慮することが望ましい。そのため、感染拡大防止対策上の支障等がない場合には、できる限り遺族の意向等を尊重した取扱いをする必要がある」「遺体の搬送や火葬場における火葬に際しては、遺体からの感染を防ぐため、遺体について全体を覆う非透過性納体袋に収容・密封するとともに、遺族等の意向にも配意しつつ、極力そのままの状態で火葬するよう努めるものとする。」とされている。しかし、タレント志村けん氏の報道などによれば、本文のような状況であると思われる。 http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/keikaku/pdf/h300621gl_guideline.pdf
207ページ以降

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